どきどきして、でもどこかムカムカして、

事あるごとに脳内がその人に支配されて眠れない夜を過ごす。

それはまるで、一種の病のような・・・。

 

     lovesickness~望美の場合~

 

放課後の静かな廊下を、望美は図書室に向かって歩いていた。

講習も終わって校内は人がまばらにしか見当たらない。

もう秋も深まって、外はまだ五時を過ぎた所だというのにかなり薄暗く、心細さを掻きたてる。

 

「(今日が期限日だったなんて・・・すっかり忘れてた。)」

 

ため息交じりに右手の本を見る。

今週は忙しくて、結局半分しか読めなかったこの本は、ありきたりな恋物語だった。

 

「(結構楽しかったんだけどな。)」

 

かといってもう一度借り直そうとは思わない。

これはありきたりな分、あまり頭を使わないで読むことができた。

そうすると登場人物の心境が逆に心に伝わってきて、なんだか不思議と共感したのだ。

校内にいる間の癖で、ついノックしようと伸ばした手をすんでのところで留める。

ノブつきのドアというものはどうも、ノックして「失礼します」と言わなくてはいけないような気がしていた。

 

「ああ、すみません。今開けますから。」

 

突然呼びかけられたことに驚き振り向くと、鍵を手にした弁慶が人好きのする笑顔を浮かべていた。

 

「講習中は利用者が限られますから開けないらしいいんです。」

 

そう言いいながら近づいてくる弁慶を横目に脇によけると、

確かに閉館のプレートがかかっているのが視界の端に見えた。

改めてプレートを見ていると、鍵を差し込みながら弁慶が 返却ですか? と尋ねてきた。

 

「・・・はい。」

「本当は今日ここの先生がいらっしゃらないので、図書室は開けない予定だったんだそうですが・・・、

どうしても今日中に入り用な物があって、鍵をお借りしたんですよ。・・・ちょっと待ってください。」

 

扉を開けて中に入る弁慶に一歩遅れて続こうとすると右手で軽くストップをかけられる。

どうしたことかと怪訝そうに眉を顰めていると、弁慶は室内の明かりをつけてから、

望美に どうぞ と入ってくるよう促した。

暗い所に入れないようにする所は、些細なことではあるけれど、とても紳士に見えた。

こういうところもまた、彼の人気の理由なのだろうとぼんやり頭の隅で考えてから、

我に返ってぶんぶんと頭をふりその考えを追っ払った。

 

「でも良かったな、君みたいに返却したい人がいるのなら、

なんだか開けて良かった気がしますね。」

「は、はぁ。」

 

笑っていると本当に女と見まごうような顔立ちだと思う。

とは言っても、彼が笑っているところなんか見たこともないけれど。

 

「手続きしますから、身分書と本、貸してください。」

「あ、はい。」

 

慌ててポケットから身分書を取り出し、本と一緒にカウンターに置いた。

わざわざ差し出された手を無視してカウンターに置いたのは、

またこないだのように指先が触れ合うことを恐れたからだった。

一瞬の間をあけて、しかし特に気にした様子もなくそれを手に取ると、

コンピューターにいろいろと打ち込みながら、ふと身分書に視線を止めた。

 

「望美さん・・・というんですか。素敵な名前ですね。」

「え・・・あ、あの・・・有難うございます・・・。」

「・・・はい。これでもういいですよ。そこの棚に戻しておいてくださいね。」

 

困惑の表情を浮かべながら弁慶を見る望美に、

弁慶は丁寧に本と身分書を重ねて差し出した。

それを軽い抵抗からゆっくりと気をつけて受け取ると、

弁慶は何気ない調子で表紙を覗き込んだ。

 

「これ・・・今話題ですよね。面白かったですか?」

「い、いいえ。その・・・まだ途中なんです、忙しくて・・・。」

 

なんだか言い訳のようだと思い、語尾が次第に小さくなる。

弁慶はそれに、 そうですか と何か考えてる風な声色で返した。

 

「まだだいぶ読んでいないんですか?」

「・・・いいえ、半分よりは・・・少ないです。薄い本だし。」

「なら、ここで読んでいったらどうですか?」

「え?」

「僕も少し調べ物がありますから、丁度いいでしょう、ね。」

 

にこやかにそう提案してくる弁慶にたじろぎながら小さくコクリと頷く。

口調は穏やかなのだが、それでいてどことなく有無を言わさぬ響きがそこにはあった。

一番扉に近い席に腰掛けて、一瞬ちらりと横目に弁慶を見てから、望美はそっと背表紙を開いた。

図書室内は元より静寂な所ではあったが、今は二人しかいないので、

普段よりもずっとずっと静かに感じた。

外からの音も、今日は部活が基本的に休みなせいでかほとんど聞こえず

音と言えば自分がめくる紙ずれの音と、弁慶がたてるものくらいだった。

 

「(・・・う~居辛いなぁ。)」

 

早く読み終えて出てしまいたいのだが、別に見られているわけでもないのに妙に緊張して、

文面に目をやってはいるもののとても集中できなかった。

嘘をついて席を立つというのもまた一つの手だったが、

望美の性格上それは却下されてしまった。

つめていた息がのどの奥で引っかかり、思わず小さく咳き込む。

それはしんとした図書室に異様に響き渡り、望美はなんだか恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じた。

 

「大丈夫ですか?」

「はい・・・。」

 

すかさずかけられた声に身を縮めて答えると、背後からため息をつく気配が感じられたような気がした。

 

「こないだの風邪はまだ治りきっていないんですか?」

「いえ、多分もう完治したと思います・・・えっと・・・こないだは、有難うございました。」

 

おずおずと控えめに振り向いてそう言うと、

思ったより近くで背を向けていた弁慶もまたこちらを振り返り、いつもの笑顔を見せた。

 

「僕は保健医ですから、礼を言う必要はありませんよ。

でも、元気になったのなら何よりですね。」

 

その言葉に急に胸が痛み、望美はふっと視線を落とした。

特に返す言葉もなかったので、そのまままた視線を本へと戻す。

チクリ チクリ

ただの仕事だからと言われた様なもので、そのことに何故かひどく胸が痛んでいた。

 

「(当然だよね・・・先生は保健医なんだし・・・あーもう、なに考えてんだろ)」

 

わけも分からぬ感情にイラつきながらページをめくる。

無意識に長い長いため息がもれた。

 

キーンコーンカーンコーン・・・

 

突然のけたたましいチャイムにびくりと身震いすると、望美は弾かれたように顔を上げ辺りを見回した。

壁にかかった時計を見上げると、もう7時をまわっている。

いつの間に二時間もたったのだろうと眉を寄せてから下校時刻をとうに過ぎていることに気付き、

思わず立ち上がって あ! と大声をあげた。

 

「下校時間過ぎちゃってる!」

 

慌てておぼつかない手つきで本を棚に戻しに走る。

その様子を一瞬ぽかんと見つめてから小さく笑うと、また席まで戻りに走る望美を手で制した。

 

「一時間前の、聞こえませんでしたね、壊れているのかな。」

「え?さ、さぁ・・・どうでしょう。」

「少し待ってください、これ戻してしまいますから。送っていきますよ。」

「へ?」

 

うっかり口からこぼれた素っ頓狂な声にくつくつと笑うと、

弁慶は本を棚に戻しながら、 外は暗いですから と続けた。

 

「僕が引きとめたも同然ですし、女性の一人歩きは危険ですから。

せめて駅までは送らせて下さい。」

「っ・・・だ。大丈夫です。あの、外灯も、ありますし。慣れてます、から。さようなら!」

「あ・・・望美さん!」

 

急いでカバンを引き寄せ頭をあわただしく下げると、望美は早足で弁慶の前を過ぎようとした。

が、扉まであと数歩のところで無防備な左手は弁慶にしっかりと捕らえられた。

驚きに目を見開いて振り返ると整った顔は笑顔ではなく、初めて見る真剣な、男の顔をしていた

その表情と、名を呼ばれたこととそして、

そしてこの、手を、掴まれているという事。

これらがぐるぐると頭の中を回って、心臓が早鐘のようにうるさく音立てた。

 

「望っ・・・。」

「っし、失礼、しますっ。」

 

手の力が弱まった隙をついて振りほどき、後はもう一目散に扉を開けて玄関まで走った。

耳の後ろのほうでがんがんと心臓の音がうるさく鳴り響いている。

静かな校内に足音が響くことなんか気にもしないで、

望美は全力で走ると、下駄箱に片手をつきつめていた息を大きく吐き出した。

顔が赤くなっているのが自分でも分かる。

 

心臓が、うるさい。

走ったからじゃなくて、そんなんじゃ、なくて。

握られた左手が、熱い。

けして強く握られたわけでもないのに。

 

「・・・うそ・・・。」

 

右手で口元を覆うと、望美はその場に力なくへたり込んだ。

今まで感じたことのないこの感覚を、しかし望美はすでに知っていた。

さっきまで読んでいた本の主人公・・・それと、同じ。

 

「・・・私・・・先生の事、が・・・・・・・・・?」

 

それは、恋という名の甘い病。

 

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異様に長くてすみません。ごめんなさい、ごめんなさい。

やっぱり教師と(保健医ですが;)生徒ですからそう簡単に甘い雰囲気になられたら困るんですよ。

というかリアリティーにかけるでしょう(私の作品にそれを求めるほうがおかしいですが)

でもちょっとしたことでどきどきして一大事っていうのもそれはそれで醍醐味だと思うんで。

でもこのまま続けられればいつかはくっつけてあげたいと思います。

けど不評だったらきっぱり打ち切って(笑)もっと面白いもの書けるよう精進します;

なんだ、語ってるよ私、調子に乗っちゃあかんでー。

お粗末さまでした。もし最後まで読んでくださった心が海よりも広い方がいましたら、

心からのお詫びとお礼を言わせてくださいませ。