「不安な夜 13 」




 どうも、敦賀さんが譫言で呼んでいたという『キョーコ』の名前って、同じ名前の別人、じゃなくて、キョーコ自身みたいだわ。
 それと気になっていた事があるのよね。この際だから訊いておくべきかも知れない。


「敦賀さん?」


「うん? 何かな?」


 無駄にキラキラした笑顔で進入禁止の立札を立てる人だから、始末が悪いんだけど、これだけは訊いておきたいわ。


「社さんはキョーコの事『キョーコちゃん』て呼ぶのに、敦賀さんはキョーコの事『最上さん』て呼びますよね?」


「そうだね」


「何故ですか?」


「何が?」


「敦賀さんは公私のけじめをつける人だと思います。なのに、キョーコが『京子』の芸名を使うようになってからも『最上さん』て呼び方を変えないままでしょう?」


 敦賀さんは少しだけ目を瞠り、視線を逸らして微かに頬を染めた。何、この照れてるらしい可愛い反応は?


「敦賀 蓮にはあるまじき事なんだけど、今にして思えば……」


 思わず首を傾げて続きを促した私に、敦賀さんは苦笑した。社さんは含み笑いで敦賀さんに視線を向けている。


「まあ、タイミングを外したから名前で呼び損ねたのと、最上さんが芸名に『京子』を使い始めたから『キョーコちゃん』て呼ぶと芸名呼んでるのと同じになるから、かな」


 この業界、本名は知ってても芸名を使うのが通常。本名で呼ぶのは親しい間柄だけに限定されるわけで……。つまり、敦賀さんはキョーコの本名を呼びたいという意識なわけね。でも、キョーコのそういう処の感覚って、一般人のままよね?


「はあぁ~~~っ」


 思わず深~~い溜息をが出てしまった。


「こ、琴南さん?」


 大の大人が二人揃ってびくりと体を震わせている。


「いえ、そういう感覚、キョーコって確か一般人のままだったような気が……」


「えっ!?」


「一般と同じって?」


 疑問に思ったからって小首傾げるなんて可愛らしい仕草しないで下さい!大の大人がっ!
 私の内心の叫びを無視して、敦賀さんは本気で不思議そうに尋ねてくる。


「ですからね? 普通一般人同士の付き合いって、知り合って始めは苗字で呼ぶじゃないですか。で、親しくなってからは名前やニックネームで呼び合うようになるでしょう?」


 敦賀さんはアッという表情をしてから暫く考えて、こくりと頷いた。なんだか、こんな当たり前の事も知らないのかしら、この人。本気で呆れたけど、それを態度に出すのは先輩に対して失礼だろうから、何とか隠したけど、社さんは流石マネージャーと云うべきか、容赦がなかった。


「蓮。お前、それは人との付き合いとして基本だと思うぞ?」


 敦賀さんはバツが悪そうな顔をして、視線を逸らした後、苦笑した。


「俺、ちょっと特殊な環境で育ったので、子供の頃から同年代の友人っていなくて……」


「誰とでも如才なく付き合うお前が、か?」


 社さんの驚きに、敦賀さんは困ったように苦笑するだけで、どういう環境だったのか口にしなかった。
 この人は、キョーコほど劣悪ではないものの、普通の環境で育ったわけではないのだと知れる。キョーコが現れるまで、誰にも執着した事がなかったらしい事は聞いていた。キョーコに対しても、周囲の評価とは裏腹な紳士な態度とは程遠い対応の仕方はまるで小学生並みだと思った。他人とのコミュニケーションの取り方を、子供は育つ段階で周囲から学ぶものだけど、キョーコとは違う意味で、敦賀さんも人との付き合い方の基本を身に着けていない人なのかしら?
 キョーコから聞いた事のあるプロ意識の持ち方とか考え方は大人だけど、感情面が子供? 随分とバランスが悪い人なのね。ああ、そういえば、キョーコもそういう処があるんだわ。プロ意識とかは大人びているけど、感情面はてんで子供。恋愛面だって、この人もヘタレだけど、キョーコもかなりのヘタレよね。結局はこの人とあの娘、似た者同士なのね。
 なんだか妙に納得してしまった気がするわ。


  続く






 あ、あれ?

 書こうと思ってた路線から少しずつずれていくような……(^▽^;)