「不安な夜 14 」




 キョーコちゃんが絡むと、蓮はどうも隠していたらしい本性を覗かせてしまうみたいだ。俺や琴南さん相手だと、少し油断するとすぐに蓮が少し子供っぽい顔を覗かせる。キョーコちゃん相手には、蓮は最初から本性を隠しきれなかったんじゃないかと思うんだよな。蓮はキョーコちゃんを特別扱いしていたと思うんだよな。無意識に、自然に。
 蓮が自覚する前から、俺は蓮にとってキョーコちゃんが特別な存在だと気付いていた。キョーコちゃんが親友となった琴南さんに、蓮の態度について話していれば、当然琴南さんも蓮の気持ちに気付いていただろう。気付かないのはキョーコちゃん本人だけだ。
 蓮が深い溜息を吐いた。


「蓮?」


 覗き込むと、蓮は苦笑して姿勢を正した。


「いえ。社さんに散々揶揄われたくらい、俺は自覚する前からダダ漏れな態度だったらしいのに、最上さんだけは気付いてくれないのだな、と」


 気付いてくれない?


「………いや、気付いていないのとは違うのかな。遠回しにアプロ-チするとスルーするけど、ストレートに言おうとすると遮られたから」


 告白も聞きたくないくらい、男として見たくない、という事なのかな。
 自嘲して呟く蓮に、琴南さんは真剣な顔をして考え込んでしまった。俺も困惑して、掛ける言葉がない。
 暫く考え込んでいた琴南さんが、懐から手帳を取り出して開き、さらさらとペンを走らせだした。じっと見守る俺と蓮を気にする様子もなく何かを書き綴っていた琴南さんが、手帳を開いて俺たちに示す。



 出会い 厳しい態度

 代マネ 『キョーコちゃん』と譫言で呼ぶ
 DM   敦賀さんが好きな人の存在を自覚
      『4歳年下の高校生』
      敦賀さんの笑顔を見て『嫌われているわけじゃない?』と自覚するキョーコ
  ・
  ・   敦賀さんがアプローチ
  ・   キョーコがスルー
  ・
  ・
 最近  電話もメールも繋がらない


「………」


 的確に要点が書き出されていた。


「うわぁ、流石琴南さんだね。必要ポイントだけ綺麗に抜き出してあるよ。うん」


 お見事としか言えないけど、色分けがしてあるのはどういう意味だろう?


「色分けの意味は何かあるの?」


 琴南さんはにっこりと恐いほどの笑顔を浮かべて頷いた。


「勿論です。赤で書いたのは、キョーコが知る事実です」


「え~と、琴南さん?」


「はい、なんでしょう? 社さん」


「蓮の笑顔を見て『嫌われているわけじゃない?』ってキョーコちゃんが自覚て言うのは、どういう意味?」


 琴南さんがちらりと蓮を見る。


「キョーコは、敦賀さんの『嘉月』の演技で『美月』に向ける笑顔を見て、時々同じ笑顔を向けて貰える自分は『嫌われているわけじゃないのかも』と思ったんだそうです」


「『嘉月』が『美月』に向ける笑顔って……。あの、蕩けそうな笑顔?」


 確認するべく恐々と口にする。


「そうでしょうね……」


 琴南さんの答えに、暫く唖然としたが、がっくりと肩から力が抜けて頭を垂れた。


「キョーコちゃんの曲解思考って凄いと思っていたけど、素であの笑顔を向けられている自覚があって、どうして『嫌われていないのかも?』になるんだ?」


「最上さんの曲解思考の根源を見た気がしますねぇ」


 蓮のコメントに悲哀が籠っているような気がする。蓮が『DM』で嘉月を演じていた時は、明らかに美月をキョーコちゃんに見立てて演技をしていたと解る。蓮の『嘉月』が『美月』に向ける笑顔でスタジオの女性がみんな蕩けていたのに、それを素で向けられてもそうと解釈できないくらい、キョーコちゃんの自分に関する周囲の評価の曲解ぶりは一筋縄ではいかないんだと、つくづく思い知った気がする。
 誰が見てもそうと解るアプローチをスルーされ、ストレートに告白しようとすれば遮られ、なんて事が続いているなら、蓮をヘタレとばかりも言えないかも知れないなぁ。

「社さんからも社長からも散々ヘタレだと言われましたけど、赤裸様な態度でアプローチしても『自分以外なら誤解する』とか『冗談はやめて下さい』とか言ってスルーして、本気でストレートに告白しようとすれば遮って言わせてくれなくて。かといって強引な事して傷付けるわけにもいかないし、この分じゃストレートに告げたとしても本気にしてくれないのは火を見るより明らかだ」

 蓮の愚痴に、琴南さんが機嫌を悪くするかな、と思って覗ったが、琴南さんは珍しく蓮の愚痴を鬱陶しいという態度を見せていない。


「琴南さん?」


「はい?」


「珍しいね。いつもなら俺がこんな風に言うとだからヘタレなんだとか言うのに」


「ああ、まぁ。流石に敦賀さんに同情の余地は大きいかな、と思いまして」


 キョーコちゃんの親友。基本的にキョーコちゃんの味方をする琴南さんにしては珍しい反応だ。思わず凝視してしまった俺に気付いて、琴南さんは溜息を吐いた。


「敦賀さんが仰るのも尤もだと思ったものですから。兎に角あの子は、敦賀さんの想い人が自分であると=を置くしかない公式を目の前に叩き付けられても、認めない為の屁理屈を探しているみたいなので………」


「そんなに嫌われているのかな」


 蓮の口調からは覇気が感じられなくなっている。


  続く





  副題に『悩み相談室』って付けようかしら?