【お蔵入り?】バレンタインの夜に政宗とユカが一緒に寝て朝を迎えるまでの話【リミッターなどない】 | あるひのきりはらさん。

【お蔵入り?】バレンタインの夜に政宗とユカが一緒に寝て朝を迎えるまでの話【リミッターなどない】

※政宗が投票で1位になると思ったのに……椎葉に下克上されました。

※でも、このネタをお蔵入りさせるのはMottainaiと思ったので、ブログではアメンバー限定でアップしておきます。
※なお、まだ発展途上の下書き、たたき台みたいなものなので、適宜加筆修正を繰り返します。1年かけて書き上げるくらいのつもりです。なので、来年のバレンタインにはリベンジしようぜ政宗!!(笑)
 
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 2月14日……厳密に言うと2月13日の夜から、宮城県内にはしんしんと雪が降り続けていた。
 東北とは言え、太平洋側に位置する宮城県は、県境の山間や北部を除けば、積雪はそこまで多くないのが現状だ。年に数回、大自然の脅威を目の当たりにするような大雪になることもあるけれど……それも、年に数回のこと。
 
 そんな年に数回の大雪に見舞われた仙台、『東日本良縁協会仙台支局』にて。
 夕方の地方ニュースを見ている政宗は、画面を見つめながら渋い表情になる。
 
「マジか……仙石線(せんせきせん)も動いてないんだな」
 
 それは、大雪の影響で、地下鉄以外の公共交通機関が完全に麻痺してしまい、仙台駅で途方に暮れる人々を生中継している様子だった。今日の政宗は普段通り電車でここまでやって来たので、帰りも当然、電車で帰るつもりだったのに。
 そして、
「ねぇ政宗……バスは?」
 同じく自席からテレビを見つめるユカが、不安そうな表情で彼に尋ねる。
 今日、この時間の『仙台支局』は2人きり。華蓮(蓮)は大雪のため朝の時点で断っていたし、統治は県北地域への出張のため、朝から別行動。恐らく彼も大雪で大渋滞に巻き込まれていると思うが、最悪統治は仙台に戻らずとも、親類や知人のところへ身を寄せることも可能だ。現に、政宗のところにはそのような連絡(今日は仙台に戻らないが、無事だ)も届いているので、あまり心配をしなくても大丈夫だろう、多分きっと。
 一方、早急に何かしなければならないのはコチラ側だ。仙台は都市圏のため、電車が止まると車の渋滞が凄まじいことになる。しかも今日は年に数回というレアな大雪、仮に大行列を待ち続けて、路線バスに乗れたとしても……。
「……正直、何時間かかるか本当に分からないな。そもそも走っているかどうかも怪しい。タクシーも……何時間並べば良いのか、そもそも並んで乗れるのかどうか、皆目見当がつかないのが正直なところだ」
「じゃあ、社用車は?」

 『仙台支局』には社用車がある。現に今も地下の駐車場に停車している、が……政宗は渋い顔のまま、頭を軽くさげた。
「……スマン、ガソリンが非常に少ないんだ。この渋滞に暖房まで使うとなると、ガソリンスタンドまで多分もたないと思う。暖房の使えない車は鉄の棺桶だからな、マジで命が危ないぞ」
 過去の自分の迂闊さを呪ったところでガソリンは増えないし、大雪も収まらない。ユカもそれを把握しているので、政宗を責めるようなことは口に出さなかった。
「マジですか……じゃあ政宗、どげんするつもりなん?」
「ビジネスホテルでも、と、思ったが、俺はココで朝まで過ごすよ。一応、仮眠くらいなら出来るし、食事はコンビニで買えばいい。電気代も経費で落とせるし……不測の事態にも対応出来るからな」
 現に、政宗はこれまでにも何度か『仙台支局』で寝泊まりしていた。寝る場所が床の上ということにさえ目をつぶれば、食事はコンビニかレストラン、シャワーは近くのネットカフェか、少し歩いてビジネスホテルのスパ施設……と、割と問題なく過ごすことが出来る。
 ただしコレは、政宗1人の場合か、統治が一緒だった時の場合だ。いくら気心が知れているユカとはいえ、政宗と床に寝転がって一晩過ごすなんて……。
「ただ、ケッカはさすがに嫌だろうから、どこか近くのビジネスホテルにでも――」
「――ううん、あたしもここに泊まる」
「ケッカ!?」
 予想外の返答に、思わず声をあげる政宗。対するユカは、さも当然と言わんばかりの表情で、引き続き彼を見つめている。
「そげん驚かんでよかやろうもん。寝具は1人分しかなかと?」
「いや、そういうわけじゃないが……お、俺と一緒だぞ? いいのか?」
「むしろ今更何を気にしとるのか、こっちが聞きたいくらいやね。何だか研修の時みたいでちょっと楽しいし、それに……こげな大雪初めてやけんが、政宗が一緒にいてくれると、地味に心強いかな」
 そう言って見つめられると、政宗に断る理由なんか1つもないわけで……彼の中では、大変なことになったぞ、という思いと、いつも以上に一緒にいられることへの喜びが、コーヒーに入れるミルクのように、複雑に混ざりあっていた。
「……了解。じゃあ、とりあえず早めに夕食を調達してくるか。ケッカ、行けるか?」
「オッケー。ねぇねぇ政宗、せっかくやけん仙台駅行って、駅弁買ってこようよー♪」
「お前なぁ……迂闊に動き回ると、足元がベチャベチャになるぞ」
「屋根付きの通路を通れば少しはマシだよ。あと、一応電車やバスの状況も、自分の目で確認しておきたいし」
「分かった、行ってみるか」
 そう言ってコートを手に取った政宗は、リモコンでテレビの電源を切った。
 
 そして、1時間後……。
「ふぁー……」
 放心状態のユカが事務所内に戻ってきて、応接用のテーブルに買ってきたお弁当を置く。
「ねぇ、政宗……雪、ずーっと降りよったねぇ……」
 政宗も同じテーブルに荷物を置き、コートを脱いで雪を払い落とした。
「ああ、大雪警報出てるからな」
「足がズボッと埋もれるくらい、つもっとったねぇ……」
「ああ、昨日の夜から降り続けてるからな」
「……楽しかったねぇ!!」
「1人ではしゃぎまわった挙句公衆の面前で転ぶなよ!! 恥ずかしいだろうが!!」
 人が常に歩くところでも15センチ近くつもっている&しんしんと降り続ける雪にテンション爆上げのユカが、思わずキャーと飛び出して……仙台駅の入り口直前で思いっきりころんだのは、そう遠くない過去の話。周囲の人の視線が冷たかったことを、政宗ははっきり思い出せる。
 しかしユカはどこまでも楽しそうに、帽子に雪をのせたまま、彼に笑顔を向けた。
「こういう景色を見ると、東北って感じがするよね!! 不謹慎かもしれないけど、今、実はすごく楽しい」
「そうか、それはよかったな。とりあえずコートを脱いでかけておかないと乾かないぞー」
「はーい」
 素直に首肯するユカに、政宗は思わず目を細めて……。
「……って、そうだケッカ、ちょっと来い」
「へ?」
 コートを脱いだユカが首を傾げつつ、とりあえずそれを持ったまま、手招きする政宗に近づく。
 自分の前に立ったユカの頭に、政宗は静かに手を伸ばして……。
「……ふぁっ!?」
 刹那、被っているニット帽がユカの頭から離れた。予想外の出来事に目を白黒させる彼女へ、帽子につもった雪を払い落とす政宗が、その行動の理由を説明する。
「帽子も脱いで乾かした方がいいぞ。この部屋の中は、『遺痕』対策はしっかりしているから、被って無くても大丈夫だ」
「う、うん、それは分かっとるけど……なんか、落ち着かんね……」
 久しぶりに自室以外で脱帽し、ソワソワし始めるユカ。そんな彼女の手からコートまで奪い取った政宗は、帽子と一緒に壁際の棚へハンガーを引っ掛ける。そして、
「ま、何かあれば……俺が責任を取るから。たまには頭皮を乾かさないと……ハゲるぞ」
ユカのところへ戻ってきた政宗が、意地悪な眼差しで、彼女の頭頂部を見下ろした。
「なっ!? ま、政宗にそげなこと言われたくないっちゃけど!?」
 慌てて頭をおさえて視線を上に上げるユカ、そんな彼女の頭に、政宗はポンと自分の右手をのせる。
「ま、それもそうだな。とりあえず食べようぜ」
「ぐぬぬ……特に理由はないけど腹立つー!!」
 腹は立つけどお腹も空いているユカだったので、彼の手を振り払いつつ……自らがチョイスしたお弁当(牛タン弁当)の前に、ドッカリ腰を下ろすのだった。

 

 本当はずっと、そのままの君と一緒にいたいから。

 帽子で何かを隠す必要がない、何にも制約されない君と、ずっと。
 
 夕食を終え、何となくテレビが流れている午後8時過ぎ。
 スーツから支局内に置いていたスウェットに着替え、自席でパソコンを操作していた政宗が、よっこらしょと立ち上がった。
「政宗?」
「施設の事務室に行って、寝袋とか借りてくる」
「あ、じゃああたしも――」
「いや、1人で大丈夫だ。ケッカはここから出るんじゃないぞ?」
 ピシャリと念をおされ、ユカは押し黙るしか無い。
 そのまま出ていく彼の背中を見送りつつ……ふと、思い出したことが1つ。
「そういえば、今日……バレンタインだ」
 日々の忙しさで全国的なイベントをすっかり忘れていた自分に苦笑いしつつ……ふと、政宗の机に視線をうつした。
 気付かなかったけれど、机の上や足元などに、可愛らしい袋がいくつも見える。10以上はあるだろうか……今日の政宗は午前中から昼過ぎにかけて外回りだったので、得意先からもらってきたのだろう。量も決して少なくない、むしろ、社交辞令を差し引いても多いと言っても良いかもしれない。某一流ブランドのものもあるので、義理だけとも思い難い。
「……ふーん」
 何とも言えない感情に襲われつつ、自分はどうしようかと思案して……。
 
「ただいまー」
「おかえり政宗。よし、下のコンビニ行こー」
「休ませてくれよ!!」
 こざこざと荷物を運んできた(そしておろした)政宗を引っ張って、1階にあるコンビニへ向かうのだった。
 
 15分後。
「本当に……もらっていいのか?」
 事務所に戻ってきた政宗が、自席に座って目をパチクリさせながら、何度目とも分からない質問を口にする。
 刹那、立って彼を見下ろすユカの目に、明らかな苛立ちが宿った。
「だから、さっきからいいっていいよるやん。いらんと?」
「いっ、いるぞいります受け取らせてください!!」
 慌てて首を横に振った政宗は、改めて、自分の手の中にある箱を見つめる。
 コンビニで販売されていた、可愛い箱に入った6粒のチョコレート。会計をするユカを横目に見ていた政宗は、彼女が自分で食べるために買ったのだと思っていたが……事務所に戻ってきてそれを手渡された時は、夢でも見ているのかと思ったくらいだ。
「政宗は沢山もらっとるけんが、今更、あたしからなんていらんかもしれんんけど……」
「そんなことあるわけないだろ? ありがとな。あと、俺のチョコも少し食べていいぞ」
「なんば言いよっとね。全部自力で食べんと、くれた人に失礼やろうが」
「それもそうだな。ま、気になるヤツがあれば教えてくれ」
 ニヤつく口角を必死でおさえる政宗(しかし無駄な徒労に終わる)に、ユカは訝しげな視線を向けつつ……すぐに肩の力を抜くと、はにかんだ笑顔を見せる。
「……うん、渡せて良かった。政宗には感謝しとるけんが、こういう機会にちゃんと伝えとかんとね。こっちこそ、いつもありがとう」
「ケッカ……」
 
 自分にそう言ってくれる彼女の笑顔が、本当に魅力的だったから。
 無意識の内に、政宗が彼女へ手を伸ばした瞬間――
 
 ――世界が、闇に包まれる。
 
「へっ!? て、停電!?」
 突然訪れた暗闇、慣れていない目では自分の手のひらさえ確認することもままならない。
 刹那、政宗がユカの腕を掴み、その存在を互いに確認しあった。
「ケッカ、大丈夫か?」
 そして、もらったチョコレートを応接用のテーブルに置くと、スマートフォンの電源ボタンを押して、ディスプレイの明かりで簡易的に周囲を照らす。
「あ、ありがとう……びっくりしたー……」
「おかしいな、すぐに非常電源に切り替わるはずなんだが……もしかしたらトラブルで停電が長引くかもしれない。暖房も切れたから、コートを着ておいたほうがいいな」
「わ、分かった」
 ユカもズボンのポケットからスマートフォンを取り出して周囲を照らしつつ、2人で壁にかけておいたコートを手に取る。
「ケッカ、モバイルバッテリーは持ってるか?」
「ううん、今は持っとらんけど……」
「分かった。大きめの懐中電灯も含めて、下の事務所に借りられないかどうか聞いてくる。小さい懐中電灯が俺の机の足元にあるから、それを探しておいてもらえるか?」
「分かった、気をつけてね」
 スマートフォンの懐中電灯アプリを起動させた政宗が、部屋を後にする。
 同じく画面の明かりを頼りに政宗の席まで戻ったユカは、椅子をどかしてしゃがみ込み、
「……あった、っと」
 片手で持つことが出来る懐中電灯を握りしめ、スイッチを入れた。が……。
「あ、あれ? あれ……!?」
 何度スイッチを動かしても、世界は一向に明るくならない。どうやら電池が切れているらしい。
「バカ政宗……!!」
 非常用設備の確認くらいしておけと内心で毒付きながら、机の下から這い出して……。
 
 ――誰もいない室内が、急に、広く感じた。
 
「……うわ、不気味」
 
 いつもは、統治や華蓮、心愛、里穂、仁義、分町ママ、政宗……誰かがいて、他愛もない会話をすることが出来る場所なのに。
 明かりを奪われ、暖を奪われた室内が……急激に冷え込んでいくのを、肌で実感していた。
「政宗……」
 停電ということは、エレベーターも動いていないはずだ。8階から1階まで、停電した世界の階段を下るのは、いつも以上に神経を消費して、時間がかかることだろう。
 分かっている、分かっているけれど……。
「……早く、早く……!!」


 一人では、不安に押しつぶされそうになるから。
 今はただ、彼の声が聞きたかった。
 

「って、そうだ、電池電池、っと……」
 慌てて頭を切り替え、スマートフォンの懐中電灯アプリで机の周囲を照らす。
「確か、予備の電池が引き出しの中に……あった!!」
 政宗の席の引き出しを探って目当ての電池を取り出したユカは……ふと、その視線の先にある、チョコレートの山を見つめた。
 自分が先程渡したものを含め、多くのチョコレートがひしめき合っている。そう、一番上にあるものなんて、パッケージからとにかく高そうで――
 
「……」
 
 つい、手を伸ばしてしまった。
 そのケッカ……。
 
「……どうしてこうなった。」
 1階の施設管理事務所で状況を確認し、非常用の道具一式(スマホのバッテリーや携帯カイロ、キャンプ用の大きなランタン、毛布など)を借りて戻ってきた政宗だったが……。
「まーさむねっ、お帰りー☆」
 室内に入った瞬間、完全に『出来上がった』ユカに抱きつかれ、持っていたバッテリーを取り落とした。
「ケッ……ケッカ!? おまっ、お前、どうしたんだ!?」
「えー? だって、政宗がいっちょん(ちっとも)帰ってこんかったけんが、寂しかったっちゃもん!!」
「寂し……!?」
 夢のような現実の中で、最後の理性を振り絞って扉を施錠する。そして……自分にピッタリとくっついえ離れないユカから、政宗の大好きな香りがしてきた。
「ケッカ……お前、酒でも呑んだのか!?」
「おさけー? 政宗、事務所にお酒とか置いとるとー? 仕事しろー!!」
「いや、俺も流石にそこまでは……」
 軽蔑する口調のユカに、慌てて首を振りつつ……思い当たるのは、1つの可能性。
 お得意様からもらったチョコレート、その中の1つは、確か……地味にアルコール度数が高いものだったような気がする。
「それにしても……こんなにぶっ壊れるまで食べるか? 普通……俺が食べる分、既にないんじゃないだろうか……」
 今は世界が暗闇で包まれているので、現状を――ユカがどれだけ政宗のチョコレートを食べ続たのか――把握することは難しい。
 そういえば以前、聖人から、「ケッカちゃんは体質的にアルコールの分解が難しいみたいだから、料理に使われている微量のものでも影響があるかもしれないねー」なんて、呑気な顔で言っていたような気もする。
 そして、目の前でフニャッフニャに砕けている彼女の姿、それが全ての真実だ。
「あのチョコ食べると、体があったかくなってー、とまらんくなったとよー。政宗も食べるー?」
「いや、今はいいわ……あとケッカ、ちょっと離れてくれ、動きにくい」

「やだーやだにゃー」

「そんな声で言われたって動きにくいんだよ!! 俺の用事が終わったら……終わったら、いくらでもくっついてやるからっ!!」
「えー? しょーがないにゃー」
 渋々離れてソファに座るユカは、そのままソファにゴロリと転がって、何かウニャウニャ呟いている。
 自分の中では勇気を振り絞った言葉をいとも軽く受け流され、ちょっと意気消沈しかけた政宗だったが……すぐに気を取り直してそんなユカを横目で監視しつつ、床にキャンプ用のアルミシートをひくと、その上に二人分の寝袋を広げた。
「今日の寝床はココだ。停電の解消には、最悪一晩かかるらしい。かなり冷え込むから、コートを着て寝袋に入るんだぞ」
「はいはーい。ねーねー政宗ー、もう寝るとー?」
「いや、まだ寝ないけど……下で買ってきた缶コーヒー、飲むか?」
「うんっ、いるー」
 フニャリと右手をあげるユカに嘆息しつつ近づき、彼女にコーヒーを手渡した。
「あれー政宗ー、一緒に飲もうよー。っていうか寒いけん、横におってよーくっついてよかっちゃろー?」
 そのまま机を挟んで反対側へ行こうとする政宗のコートを、コーヒーを持っていない反対側の手で掴むユカ。
「……」
 確かに、暖房を失った室内は急速に冷え始めていた。政宗はランタンを机上に置き、起き上がった彼女の左隣に腰を下ろす。
「うへへー☆」
 ユカが遠慮なく体重を預け、少し潤んだ瞳で政宗を見上げた。
「……やっと、帰ってきてくれた。寂しかったとよ?」
 直視出来ない政宗は、露骨に視線をそらしながらコーヒーをあおった。
「しょうがないだろ、1階まで階段で降りて、荷物持って登ってきたんだから……」
「分かっとるよー。うんうん、分かっとるけどー……寂しいもんは寂しかったとー!!」
「ぐはっ!?」
 刹那、ユカが横から全力でタックルをしてくる。倒れそうになったところを何とか持ちこたえた政宗は……飲みかけのコーヒーを何とか机上に置き、自分に抱きついているユカの頭を見下ろした。
「ケッカ……?」
「……違うもん、ユカやもん!! ケッカじゃなか、ユカやけんね!!」

 激しい拒絶は、これまでの積み重ねからくる鬱憤なのか、それとも……。
「……ゆ、ユカ、ど、どどうした? 具合が悪いのか?」
 顔を上げない彼女の表情が分からない。普段からは想像もつかない事態の連続にクラクラしつつ、頑張って尋ねる政宗。そんな彼の問いかけにユカは首を横にふると、少し震えた声で……何とか言葉を絞り出した。
「……かった……」
「ん? どうした? 聞こえな――」
「……怖かった、1人で怖かった!!」
「……」
 怖い、そう口にしたユカは、顔を上げずに大きく息をつく。そして……。
「……でも、ちゃんと戻ってきてくれて、良かったぁ……」
 その声には、言いようのない安堵感が含まれていて。
 肩の力を抜いた政宗は、未だに顔を上げない彼女の頭に、優しく右手を添えた。
「俺がケッ……ユカを置いていなくなるわけないだろ? 信頼してくれよ」
「……ゴメンなさい」
「す、すんなり受け入れられると違和感があるな……まぁ、この状況が既に違和感しかないわけか……」
 独りごちる政宗だったが、ふと、とあることに思い当たった。
 
 ユカは今、正常な状態ではない。
 そして今、この現状も正常ではない。
 そう、全て……ここにある全てが、異常な状態なのだ。
 だから……。
 
「……少しくらい、いいよな」
「ふぇ?」
 ここで初めて、ユカが顔を上げる。次の瞬間……抱きついているユカを少し強引に振りほどいた政宗の大きな腕が、彼女をすっぽりと包み込んだ。
「ひにょわっ!?」
 上半身だけでも身長差や体格差があるので、小柄なユカはすっぽり覆われている状態。
 政宗はそんなユカの耳元に口を近づけて、
「……なぁ、ユカ」
「ふふぇわー政宗暖かいけどくすぐったい……っと、何ですかー? そげん近づかんでも聞こえとるよー。どげんしたとですかー?」
 温もりでホワホワしているユカに、今だから伝えられる、そんな一言を。
「……ありがとうな。俺、ユカがいるから生きていける」
「政宗……?」

 刹那、ユカの声のトーンが少しだけ変化したような気がした。

 それでもいい。ようやく掴んだ腕を離してしまう、その前に。

 どうしても……どうしても、伝えたい事があるから。
「大袈裟に聞こえるかもしれないけど、本当にそう思ってるんだ。俺は……ずっと、ユカに支えられてきた。勿論ユカだけじゃないけど、やっぱり、俺の中では大きな存在なんだ。だから、一緒に仕事が出来て……一緒にいられて、凄く嬉しい」

 この10年間、自力ではどうしようもない事態の中でも、2人はそれぞれの道を歩き続けてきた。
 その道が再び交わり、一本に重なったこと。
 その奇跡に、どれだけ感謝をすればいいのだろう。

「でも、あたしがおると、政宗は辛いんじゃないかって……」
「そりゃあ、ユカに対する罪悪感はまだ残ってる。でも、それを差し引いても嬉しいんだ。俺は……」
 

 俺は、ずっと……ずっと、君のことを――

 
「……そげな恥ずかしいこと、今更言わんでよかよっ!! ふわー恥ずかしかーっ!!」

「うるせー。今しか言えないんだよ……まだ、今しか言えないんだ」
 頭をグリグリ動かすユカに政宗は腕力で応戦しつつ……一度天井を仰ぎ、ため息をつく。
 冷え切った室内は、白い息が消えて……自分の心臓の音だけが、やけにはっきりと聞こえているような気がした。

 
「……あのね、政宗。一つだけ、約束して欲しい」
「約束?」
 いつの間にか、自分のコートをしっかり掴んでいるユカが、少しだけ肩を震わせながら……いつもより少し小さな声で、言葉を続けた。
「もしも、もしも……あたしが、死んだら――」
 刹那、政宗は腕に力を入れて彼女の言葉を遮る。
「――やめてくれ。聞きたくない」
「駄目、聞いて。ちゃんと聞いて。あたしの現状は、政宗が一番知っとかんといかん。そして……あたしの対処法も」
「対処法……」
 
 対処。
 
 そんな言葉を使うユカの口を、政宗は塞いでしまいたかった。
 聞きたくない。
 ユカの口から、そんな言葉を……聞きたくはなかった。
 
 でも、ユカは言葉を続ける。
 一度、しっかり話をしておきたかったから。
 
「多分、やけど……死んだら、あたしは『痕』になると思う。能力者やし、この世に未練ばっかりやけんね。でもあたし、『親痕』にはなりたくないんよ。だから、その時は……」
 
 ユカが自分の人生を受け入れたときから、何故か決めていたことがある。
 もしも自分が、『切られる』側になった時、誰に、全てを託すのか。
 
「その時は……政宗に、あたしの『縁』を切って欲しい」
 
 聞きたくなかった。
 でも、聞くしか無い。
 これが……ユカの背負う覚悟ならば、少しでも、その負担を軽くしたいから。
 
「……どうして、俺なんだ?」
 
「んー……統治でもいいはずなんやけど、統治、そういうの引きずるっていうか、腹をくくるのに時間がかかりそうな気がするんよ。まぁ、それは政宗も同じかもしれんけど……政宗はほら、あたしと似てるから。何というか……直感?」
 
「直感、って……お前なぁ。どうせなら名杙に切ってもらえよ……そのほうが綺麗に成仏出来るぞ」
 
「かもしれんね。でも……うん、本当に直感なんやけど、政宗に託したくなった。だから……ゴメン、お願いね」
 
「……はい、そうですかって……言えるわけ……っ……!!」
 
 言葉が、言葉にならない。
 政宗は少しだけ、ユカがいない世界を想像した。それは……いつまでも続く空虚な世界。
 永遠なんかないはずなのに、永遠に続く、君のいない世界。
 
 心の真ん中にいる君がどこにもいない、そんな世界。
 そんな世界は、とても、とても……。
 
「……幸せな気分のバレンタインに、残酷なこと……言ってんじゃねぇよ……!!」
 
 ユカがいない世界。
 それは、政宗にとって……とても、とても残酷な世界。
 
「なぁユカ……俺はどうすればいいんだ? どうすれば、ユカと……一緒にいられるんだ?」
 
 出来ることは全てやったつもりだった。
 仕事だって軌道に載せた、結果だって出してきたし、一定の社会的信頼も得た。味方だって増やしてきた。
 それでも……まだ、一番救いたい人を救うことが出来ない。
 ユカの肩に、政宗の目尻からこぼれた涙が、シミを作っていく。
 力なくうなだれた彼の頭に、ユカはそっと、自分の右手を添えた。
 そして、左手で彼の背中をさすりつつ、苦笑いを浮かべる。
 
「これは……困ったなー。こげん困らせて追い詰めるつもりじゃなかったけど……と、とりあえず政宗、折角のバレンタインにこげなこと言い出して、ゴメン」
「……」
「でも、こういう話って二人の時じゃないと出来んけんが……って、あたしの言い訳はどうでもいいな。うん、ええっと……よし、無理やり前向きな話をしよう。えっと、あたしが政宗と一緒にいるには、どうすればいいのか……どうすれば、うん、えぇっと……どうしましょうか……」
 ユカも言葉が続かなくなり、2人して黙り込んでしまった。
 降り積もる雪に全ての音が吸い込まれる世界は、とても静かで……街の喧騒も明かりもとどかないこの部屋の中では、世界で2人しかいないような錯覚さえ抱いてしまう。
 だから今は、2人だけの話をしよう。
「一緒にいるためには……うん、そうだ、一緒にいればいいんだよ」
「……ユカ?」
「そうだ、考えすぎとった。複雑に考える必要なんかないんだ。あたし達は一緒にいればいい、それだけやん」
「一緒に……いればいい……」
「そう。まぁ……たまにはこうして、物理的に近くなることがあってもいいや。自分の言葉には責任をもって貰わんといかんけんね」
 
 それは、統治も含む3人で挑んだ研修中。その隙間に2人で話をした、その時の記憶に刻まれた言葉だ。
 
 俺達はきっと、これからもずっと一緒なんだろうな。
 
「一緒にいればいい、あたしは……政宗と一緒にいる」
「ユカ……」
「政宗は、どげんやろか? あたしと……一緒にいてくれる?」
 
 尋ねられた政宗は、ユカを抱きしめていた腕を解き、目尻に残った涙を袖で拭った。
 机上のランタンだけが照らす室内、普段より近づかなければ見えない彼女の顔は、いつもよりずっと、大人びているように見えて。
 
 ――大丈夫、大丈夫。政宗の思いは……ちゃんと目を見て、言葉にすれば、きっと『ケッカ』にも届くよ。まぁ……根拠はないけどね。
 
 あの時、初めて出会った『彼女』の言葉を思い出す。
 届くだろうか。ちゃんと……自分の言葉を口に出せば。
 目の前にいる大切な君に、伝えられるだろうか。
 
「俺は……」
 
 君の前では何も着飾れない、カッコよくなんかなれない。だからきっと、シンプルになってしまうけれど。
 
「ずっと……ずっと、一緒にいる。だから……」
 
 君が望んでくれるなら、ずっとここで、君の居場所を守るから。
 だから。
 
「頼むから……二度と、俺の前から消えないでくれ」
 
 涙を堪え、ユカを見つめて最後まで口に出した政宗に、ユカは黙って、握った右手を顔の高さまで持ち上げる。
 そこにいるのは、政宗がずっと憧れ、同時に恋い焦がれている、凛とした強さを持った美しい女性。そんな彼女が見せる、大胆不敵な笑顔だった。
 それを見た政宗も、左手を軽く握り、肩の上の高さまで持ち上げてから……いつものように、互いの拳を付き合わせる。
 涙は、もう……流れていなかった。
 
「……あのさー政宗、こげな雰囲気の中で、こーんなこと言い出すのは申し訳ないっちゃけど……」
 手をおろしたユカが、どこかモジモジしながら上目遣いで政宗を見上げる。そして。
「……トイレ行きたいけんが、黙ってついてきて♡」
「1人で行けよトイレくらい!!」
 
 かくして。
 先程缶コーヒーを飲んだ2人は、肝試しのような館内を互いに脅かし合いながらトイレに向かう。
「おぉっと政宗、こげなところにこんにゃくがー!!」
「あったらドン引きだ!! いいから黙って歩いてくれそして人の洋服を不用意に引っ張るな!!」
 ……訂正。ユカが一方的に賑やかしながら、互いにトイレを済ませる。そして。
 
「……あのさー政宗、あたしも一応、自分の性別とか、立場とか、そういうことを重々承知した上で提案するっちゃけど……」
 トイレで軽く口をゆすぎ、もう今日は寝てしまおうどうせ停電直らねぇよという結論に達した2人だったが、部屋に戻ってきたユカが、コートの上から統治のひざ掛けを羽織りつつ、寝袋を整えている政宗の真横にちょこんと腰を下ろした。
「何だよ、改まって……っておい、大丈夫か?」
 政宗はここで初めて、ユカが歯をガチガチと震わせていることに気づく。
「そんなに寒いのか?」
 確かに、いくら多少の断熱材が入っている(であろう)建物とはいえ、暖房が使えない今、急激に、劇的に冷え込み始めている。
「う、うん……なんか、トイレから帰ってきたらスーッといきなり冷えて……正直、非常に寒かです……」
「俺の上着も着るか?」
「そ、そんなことしたら政宗が氷漬けになるけんが……その……」
 彼の申し出に慌てて首を横に振るユカは、震える両肩を抱きつつ、思い切った提案をする。
「そのー……こ、今晩は、政宗と一緒に寝たい!!」
 
「……は?」
 
 政宗が目を極限まで見開いた後……無言で首を横に何度もふった。
 
「いやいやいやいやケッカさん、それはいけない、さすがにそれは駄目だ。だから俺のコート貸すから」
 脳内ガッツポーズをした政宗は、瞬時に理性を再インストールして首を横に振った。
 しかし、目に見えてガチガチ震えているユカは、そう簡単に食い下がれない。
「あ、あたしだって嫌だよ冗談じゃないよでももう無理っていうか寒いっていうかアイスになるっていうか釘でバナナが打てるっていうかでも政宗のコートはかりられないっていうかぁぁぁぁ寒かー!!」
 言いながら鼻水を垂らすユカの顔面に、政宗はとりあえず貼るホッカイロを貼り付けようとして……このまま寝るならば低温やけどの可能性があること思い出し、思いとどまる。(低温やけど以前の問題です。絶対に顔面にホッカイロを貼ってはいけません)
 そして、いつの間にか擦り寄ってきた&上目遣い&涙目で訴えるユカを見下ろし、至極冷静に言い返した。
「そもそもケッカさん……最近の貴女は、東北の寒さを舐めすぎじゃーあーりませんかね? 若いかもしれないがニーソとショーパンはやめろ下半身が冷える!! ヒートテックを過信するなとっくり(ハイネック)も一緒に着ろ!! 後は……」
「あ、後は……?」
 彼は満面の笑みで、ユカに親指を突き立てた。
「……若いんだから自力で何とかしやがれっ☆」
「政宗のオニー!! 相撲好きの白塗り悪魔ー!! なまはげー!! 寒いー!!」
 最早大声を出さないと体が持たない。鼻水を政宗のコートで吹きそうな勢いですがりついてくるユカにとりあえずポケットティッシュを手渡しつつ……ため息をつく。
「そもそも、寝袋は真冬の山用だから、ギリギリまでチャックをしめれば保温性は保たれる……はずだ。しかも1人用なのであまり広さもない。ケッカ……は、まぁ、小さいから大丈夫かもしれないが……らしくないぞ。なんだってそんな提案をするんだ?」
 普段は政宗を含む自分以外の存在と、一定の距離をとって接することが多いユカが、寒さという抗えない敵に負けそうとはいえ、ここまで距離を詰めてくるのは珍しいことだった。
 理由を尋ねられ、ユカは一瞬口ごもったが……政宗を見上げたまま、思わせぶりに言葉を紡ぐ。
「それは……あたしが、政宗と一緒にいたいなーって」
 刹那、政宗が冷めた眼差しで反抗した。
「ダウト。」
「信用がない!! まぁ8割ウソだけどヒドイ!!」
「嘘つきにヒドイとか言われたくないわ!! あと、ケッカがこんなことをいうときは、大体俺に不利益があるときなんだ。俺は幼女の上目遣いに騙されないからな!!」
「ぐぬぬ……政宗湯たんぽかつ枕で安眠というあたしの完璧な計画が……!!」
「枕!? 抱きまくらじゃなくて枕!? ったく……!!」
 あぁもうと頭をかいた政宗は、床にしいたアルミシートを一度取り払い、寝袋を一つ解体――チャックを全て開いて、フラットな状態にする。
 その上で、残した寝袋にアルミシートをぐるぐる巻にした。
「政宗?」
「使う寝袋が一つでいいなら、残りは保温性を保つために使う。とりあえずケッカ、先に入って温めとけ。俺はもう一度戸締まりを確認してくるから」
「へーい」
 鼻にティッシュを詰めたユカが靴を脱いで寝袋に入る背中を見つめつつ、政宗は扉や窓の施錠を確認。窓の外に広がる銀世界に溜息をつきながら……ランタンを少し離れた場所に置き、再びユカのところに戻る。
「ほら、支局長様のお帰りだぞ。少し避けてくれ」
「うぅー……さぶい……ひゃっ!! 政宗が暖かくない……ケチ」
「スイマセンケッカさん、ケチの意味が分かりません……うむ、思ったより動けそうだな。寝返りうって踏み潰したら、スマン」
 政宗は体を寝袋の中に押し込みつつ、開いた寝袋を掛け布団代わりに上にかけておくことも忘れない。
 寝転がり、頭だけを出した状態で天井を見上げ……溜息ひとつ。
 そんな政宗の頬に、横向きに寝ているユカの人差し指が容赦なくめり込んだ。
「その時は謝罪の印として、牛タン奢ってもらうけんね」
「牛タンでいいのか? じゃあ、遠慮する必要ないな」
「なっ!? この余裕が非常に腹立たしか……!! でも……」
 押し付けていた指を離したユカは、政宗が目線を向ける前に目を閉じて……白い息を吐く。
「でも……やっぱり、暖かい。あの時と一緒」
「ケッカ?」
「あのね、政宗、実は――」
 
 ユカが言葉を続けようとした次の瞬間――世界に、光が戻ってきた。
 
「うわ眩しいっ!!」
 ユカは慌てて寝袋の奥へ逃げ込んでいく。
 ようやく停電が解消された建物は、いつも通り天井に明かりが灯り、暖房器具が大急ぎで仕事を始めた。
 政宗は一旦寝袋から這い出して、壁にある暖房器具のパネル前へ移動する。表示された温度や風量を確認し、初期設定になっているので調整をしてから……ホッと、肩をなでおろした。
「とりあえず、氷漬けは回避出来そうだな」
「電気、戻ったと?」
「ああ、もう大丈夫そうだ。加湿器もつけとくか……」
 その他、事務所内の設備を確認して回る政宗を寝袋の中から覗きつつ……彼が戻ってくるのを待つ。
 数分後、再びユカのところに戻ってきた政宗が、寝袋から出てこないユカの顔、その真横にしゃがみ込み。
「大丈夫か?」
「うん……大分温まってきた」
「そうか。じゃあ、寝袋を元に戻して――」
「え!? 戻すの!?」
 刹那、予想以上に否定的な反応のユカに、政宗は目を丸くする。
「いや、そりゃあ……部屋だって暖かくなるんだ。一緒に寝る理由は……」
「それは、その……そうやけど……!!」
 煮え切らない態度のユカに、政宗は首を傾げることしか出来ない。
「ケッカ、一体どうしたんだ? 具合が悪いなら病院に……」
「……違う。悪くなか」
「じゃあ、一体何が――」
「――あぁもう細かいことはどげんでもよかやんね!! 政宗がさっさと寝てくれんと、あたしの体が冷えると!! 寒かと!! だから早く電気消して戻ってきて!!」
 そう言ってフイッとそっぽを向くユカの気持ちが、今の政宗には一切理解できないまま……これ以上機嫌を損ねるのも得策ではないので、とりあえず部屋の電気を消して、ユカと同じ寝袋に戻ってきた。
「なぁ、ケッカ……」
 彼女の背中に話しかけるが、返事はない。規則正しく動く肩の様子から、眠っていることを察することが出来る。
「……一緒にいると、喜怒哀楽が追いつかねぇな」
 ほんのり暖かくなってきた部屋を見上げ、政宗は苦笑いのまま溜息をつきつつ……目を閉じた。
 
 言えるわけない。
 言えるわけがない。
 以前、ユカが倒れた時……朝まで一緒にいてくれたのか心強かったから、今は離れたくない、なんて。
 
 
 2月15日、午前7時30分過ぎ。
 名杙統治は両手にコンビニの袋を抱え、仙台支局へ向かうエレベーターの中にいた。
 ようやく雪がおちついた仙台市内だが、まだ、交通は大分麻痺している。現に統治も、親類の家がある県北から2時間かけてようやく移動してきた。(普段は高速道路を使って1時間)。朝から大変だったのだが……今はそんなことを言っていられない。
 昨日、ユカと政宗それぞれから、統治にメールが届いていたのだから。
 
 ユカ:さむい。((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
 政宗:この状況がヤバイ。
 
 その後、電話をかけてみたのだが……2人とも着信に応じず、しかも、ニュースでは仙台市内で停電が発生したとも報じられていた。恐らく支局内から出るに出られず、着の身着のままの状態で朝を迎えていることだろう。
 支局内にキッチンでもあれば、作りたての料理を提供出来るのだが……施設内の給湯設備ではそれも難しい。(そもそも他の利用者の迷惑になる)
 と、いうわけで、コンビニで可能な限りの食事や飲み物を買い込み、ここまでやって来た……と、いうわけだ。
 エレベーターが到着し、扉が開く。廊下を足早に歩き、支局の扉の鍵を開けて――
 
「――佐藤、山本、大丈……」
 
 大丈夫か。
 そう尋ねようとした統治は……。
 
「……大丈夫そう、だな」
 静かに扉を閉めて、応接用のテーブルに荷物をおいた。
 そして……同じ寝袋で熟睡しているユカと政宗に視線をおとし、溜息をひとつ。
 刹那、政宗のこめかみがピクリと動き……。
「……んあ、統治か……?」
「災難だったな、佐藤。大丈夫か?」
 寝袋から見上げる政宗と、立ち尽くして見下ろす統治の視線が交錯する。
「お、おう……流石に体は痛いが、何とか冷凍保存されずにすんだよ。統治こそ大丈夫だったか?」
「俺は問題ない。雪は既にやんでいるが、今日まで交通網の混乱は残りそうだ」
「分かった。今日は行く前に、相手に確認を取ったほうがよさそうだな……」
 そう言って寝袋から這い出してきた政宗は、テーブルにある袋に気付き、頬を弛緩させる。
「さすが統治……マジで助かる」
「とりあえず適当に買ってきたんだが、山本は起こさなくていいのか?」
「ケッカ?」
 立ち上がって背伸びをした政宗は、未だに眠っているユカの肩を見下ろして……。
「寝かせといてやろうぜ、多分……疲れてるだろうから」
「そうか」
 2人の間に何があって、このような状況に至ったのかは分からないが……とりあえずユカが起きる気配もないので、放っておくことにする。室内を一周して停電の影響がないことを確認した2人は、応接用のソファで向かい合わせに腰を下ろし、統治が購入してきた袋の中身をあさる。
 と……袋のガザガザした音に、ユカがモゾモゾと反応する。そして、ゆっくりと上半身を起こし……。
「……ぶへっ。」
 ボサボサになった髪の毛を抑える……前に、最後の1枚になったポケットティッシュで鼻水をおさえた。
「ケッカ、起きたか」
「山本、大丈夫か?」
「うへー……鼻水が止まらん……統治ー、箱ティッシュなかー?」
「俺の机にあったはずだ。使っていいぞ」
「ありがとー……」
 寝袋に入ったまま、器用にモゾモゾ移動する姿を横目に捉えつつ……統治は缶コーヒーをあけた政宗に尋ねる。
「佐藤、どうして山本と寝袋を分けなかったんだ? 停電が長引いていたのか?」
 当然の疑問に、政宗は衝立の向こうで鼻をかむユカの方を肩越しにチラリと見やり、
「……知らん。ユカに聞いてくれ」
 そう言って、まだ暖かい缶コーヒーを飲み……ユカがくれたチョコレートをつまみ上げた。