【お蔵入り?】バレンタインの夜に政宗とユカが一緒に寝て朝を迎えるまでの話【リミッターなどない】
※政宗が投票で1位になると思ったのに……椎葉に下克上されました。
2月14日……厳密に言うと2月13日の夜から、宮城県内にはしんしんと雪が降り続けていた。
東北とは言え、太平洋側に位置する宮城県は、県境の山間や北部を除けば、積雪はそこまで多くないのが現状だ。年に数回、大自然の脅威を目の当たりにするような大雪になることもあるけれど……それも、年に数回のこと。
そんな年に数回の大雪に見舞われた仙台、『東日本良縁協会仙台支局』にて。
夕方の地方ニュースを見ている政宗は、画面を見つめながら渋い表情になる。
「マジか……仙石線(せんせきせん)も動いてないんだな」
それは、大雪の影響で、地下鉄以外の公共交通機関が完全に麻痺してしまい、仙台駅で途方に暮れる人々を生中継している様子だった。今日の政宗は普段通り電車でここまでやって来たので、帰りも当然、電車で帰るつもりだったのに。
そして、
「ねぇ政宗……バスは?」
同じく自席からテレビを見つめるユカが、不安そうな表情で彼に尋ねる。
今日、この時間の『仙台支局』は2人きり。華蓮(蓮)は大雪のため朝の時点で断っていたし、統治は県北地域への出張のため、朝から別行動。恐らく彼も大雪で大渋滞に巻き込まれていると思うが、最悪統治は仙台に戻らずとも、親類や知人のところへ身を寄せることも可能だ。現に、政宗のところにはそのような連絡(今日は仙台に戻らないが、無事だ)も届いているので、あまり心配をしなくても大丈夫だろう、多分きっと。
一方、早急に何かしなければならないのはコチラ側だ。仙台は都市圏のため、電車が止まると車の渋滞が凄まじいことになる。しかも今日は年に数回というレアな大雪、仮に大行列を待ち続けて、路線バスに乗れたとしても……。
「……正直、何時間かかるか本当に分からないな。そもそも走っているかどうかも怪しい。タクシーも……何時間並べば良いのか、そもそも並んで乗れるのかどうか、皆目見当がつかないのが正直なところだ」
「じゃあ、社用車は?」
『仙台支局』には社用車がある。現に今も地下の駐車場に停車している、が……政宗は渋い顔のまま、頭を軽くさげた。
「……スマン、ガソリンが非常に少ないんだ。この渋滞に暖房まで使うとなると、ガソリンスタンドまで多分もたないと思う。暖房の使えない車は鉄の棺桶だからな、マジで命が危ないぞ」
過去の自分の迂闊さを呪ったところでガソリンは増えないし、大雪も収まらない。ユカもそれを把握しているので、政宗を責めるようなことは口に出さなかった。
「マジですか……じゃあ政宗、どげんするつもりなん?」
「ビジネスホテルでも、と、思ったが、俺はココで朝まで過ごすよ。一応、仮眠くらいなら出来るし、食事はコンビニで買えばいい。電気代も経費で落とせるし……不測の事態にも対応出来るからな」
現に、政宗はこれまでにも何度か『仙台支局』で寝泊まりしていた。寝る場所が床の上ということにさえ目をつぶれば、食事はコンビニかレストラン、シャワーは近くのネットカフェか、少し歩いてビジネスホテルのスパ施設……と、割と問題なく過ごすことが出来る。
ただしコレは、政宗1人の場合か、統治が一緒だった時の場合だ。いくら気心が知れているユカとはいえ、政宗と床に寝転がって一晩過ごすなんて……。
「ただ、ケッカはさすがに嫌だろうから、どこか近くのビジネスホテルにでも――」
「――ううん、あたしもここに泊まる」
「ケッカ!?」
予想外の返答に、思わず声をあげる政宗。対するユカは、さも当然と言わんばかりの表情で、引き続き彼を見つめている。
「そげん驚かんでよかやろうもん。寝具は1人分しかなかと?」
「いや、そういうわけじゃないが……お、俺と一緒だぞ? いいのか?」
「むしろ今更何を気にしとるのか、こっちが聞きたいくらいやね。何だか研修の時みたいでちょっと楽しいし、それに……こげな大雪初めてやけんが、政宗が一緒にいてくれると、地味に心強いかな」
そう言って見つめられると、政宗に断る理由なんか1つもないわけで……彼の中では、大変なことになったぞ、という思いと、いつも以上に一緒にいられることへの喜びが、コーヒーに入れるミルクのように、複雑に混ざりあっていた。
「……了解。じゃあ、とりあえず早めに夕食を調達してくるか。ケッカ、行けるか?」
「オッケー。ねぇねぇ政宗、せっかくやけん仙台駅行って、駅弁買ってこようよー♪」
「お前なぁ……迂闊に動き回ると、足元がベチャベチャになるぞ」
「屋根付きの通路を通れば少しはマシだよ。あと、一応電車やバスの状況も、自分の目で確認しておきたいし」
「分かった、行ってみるか」
そう言ってコートを手に取った政宗は、リモコンでテレビの電源を切った。
そして、1時間後……。
「ふぁー……」
放心状態のユカが事務所内に戻ってきて、応接用のテーブルに買ってきたお弁当を置く。
「ねぇ、政宗……雪、ずーっと降りよったねぇ……」
政宗も同じテーブルに荷物を置き、コートを脱いで雪を払い落とした。
「ああ、大雪警報出てるからな」
「足がズボッと埋もれるくらい、つもっとったねぇ……」
「ああ、昨日の夜から降り続けてるからな」
「……楽しかったねぇ!!」
「1人ではしゃぎまわった挙句公衆の面前で転ぶなよ!! 恥ずかしいだろうが!!」
人が常に歩くところでも15センチ近くつもっている&しんしんと降り続ける雪にテンション爆上げのユカが、思わずキャーと飛び出して……仙台駅の入り口直前で思いっきりころんだのは、そう遠くない過去の話。周囲の人の視線が冷たかったことを、政宗ははっきり思い出せる。
しかしユカはどこまでも楽しそうに、帽子に雪をのせたまま、彼に笑顔を向けた。
「こういう景色を見ると、東北って感じがするよね!! 不謹慎かもしれないけど、今、実はすごく楽しい」
「そうか、それはよかったな。とりあえずコートを脱いでかけておかないと乾かないぞー」
「はーい」
素直に首肯するユカに、政宗は思わず目を細めて……。
「……って、そうだケッカ、ちょっと来い」
「へ?」
コートを脱いだユカが首を傾げつつ、とりあえずそれを持ったまま、手招きする政宗に近づく。
自分の前に立ったユカの頭に、政宗は静かに手を伸ばして……。
「……ふぁっ!?」
刹那、被っているニット帽がユカの頭から離れた。予想外の出来事に目を白黒させる彼女へ、帽子につもった雪を払い落とす政宗が、その行動の理由を説明する。
「帽子も脱いで乾かした方がいいぞ。この部屋の中は、『遺痕』対策はしっかりしているから、被って無くても大丈夫だ」
「う、うん、それは分かっとるけど……なんか、落ち着かんね……」
久しぶりに自室以外で脱帽し、ソワソワし始めるユカ。そんな彼女の手からコートまで奪い取った政宗は、帽子と一緒に壁際の棚へハンガーを引っ掛ける。そして、
「ま、何かあれば……俺が責任を取るから。たまには頭皮を乾かさないと……ハゲるぞ」
ユカのところへ戻ってきた政宗が、意地悪な眼差しで、彼女の頭頂部を見下ろした。
「なっ!? ま、政宗にそげなこと言われたくないっちゃけど!?」
慌てて頭をおさえて視線を上に上げるユカ、そんな彼女の頭に、政宗はポンと自分の右手をのせる。
「ま、それもそうだな。とりあえず食べようぜ」
「ぐぬぬ……特に理由はないけど腹立つー!!」
腹は立つけどお腹も空いているユカだったので、彼の手を振り払いつつ……自らがチョイスしたお弁当(牛タン弁当)の前に、ドッカリ腰を下ろすのだった。
本当はずっと、そのままの君と一緒にいたいから。
帽子で何かを隠す必要がない、何にも制約されない君と、ずっと。
夕食を終え、何となくテレビが流れている午後8時過ぎ。
スーツから支局内に置いていたスウェットに着替え、自席でパソコンを操作していた政宗が、よっこらしょと立ち上がった。
「政宗?」
「施設の事務室に行って、寝袋とか借りてくる」
「あ、じゃああたしも――」
「いや、1人で大丈夫だ。ケッカはここから出るんじゃないぞ?」
ピシャリと念をおされ、ユカは押し黙るしか無い。
そのまま出ていく彼の背中を見送りつつ……ふと、思い出したことが1つ。
「そういえば、今日……バレンタインだ」
日々の忙しさで全国的なイベントをすっかり忘れていた自分に苦笑いしつつ……ふと、政宗の机に視線をうつした。
気付かなかったけれど、机の上や足元などに、可愛らしい袋がいくつも見える。10以上はあるだろうか……今日の政宗は午前中から昼過ぎにかけて外回りだったので、得意先からもらってきたのだろう。量も決して少なくない、むしろ、社交辞令を差し引いても多いと言っても良いかもしれない。某一流ブランドのものもあるので、義理だけとも思い難い。
「……ふーん」
何とも言えない感情に襲われつつ、自分はどうしようかと思案して……。
「ただいまー」
「おかえり政宗。よし、下のコンビニ行こー」
「休ませてくれよ!!」
こざこざと荷物を運んできた(そしておろした)政宗を引っ張って、1階にあるコンビニへ向かうのだった。
15分後。
「本当に……もらっていいのか?」
事務所に戻ってきた政宗が、自席に座って目をパチクリさせながら、何度目とも分からない質問を口にする。
刹那、立って彼を見下ろすユカの目に、明らかな苛立ちが宿った。
「だから、さっきからいいっていいよるやん。いらんと?」
「いっ、いるぞいります受け取らせてください!!」
慌てて首を横に振った政宗は、改めて、自分の手の中にある箱を見つめる。
コンビニで販売されていた、可愛い箱に入った6粒のチョコレート。会計をするユカを横目に見ていた政宗は、彼女が自分で食べるために買ったのだと思っていたが……事務所に戻ってきてそれを手渡された時は、夢でも見ているのかと思ったくらいだ。
「政宗は沢山もらっとるけんが、今更、あたしからなんていらんかもしれんんけど……」
「そんなことあるわけないだろ? ありがとな。あと、俺のチョコも少し食べていいぞ」
「なんば言いよっとね。全部自力で食べんと、くれた人に失礼やろうが」
「それもそうだな。ま、気になるヤツがあれば教えてくれ」
ニヤつく口角を必死でおさえる政宗(しかし無駄な徒労に終わる)に、ユカは訝しげな視線を向けつつ……すぐに肩の力を抜くと、はにかんだ笑顔を見せる。
「……うん、渡せて良かった。政宗には感謝しとるけんが、こういう機会にちゃんと伝えとかんとね。こっちこそ、いつもありがとう」
「ケッカ……」
自分にそう言ってくれる彼女の笑顔が、本当に魅力的だったから。
無意識の内に、政宗が彼女へ手を伸ばした瞬間――
――世界が、闇に包まれる。
「へっ!? て、停電!?」
突然訪れた暗闇、慣れていない目では自分の手のひらさえ確認することもままならない。
刹那、政宗がユカの腕を掴み、その存在を互いに確認しあった。
「ケッカ、大丈夫か?」
そして、もらったチョコレートを応接用のテーブルに置くと、スマートフォンの電源ボタンを押して、ディスプレイの明かりで簡易的に周囲を照らす。
「あ、ありがとう……びっくりしたー……」
「おかしいな、すぐに非常電源に切り替わるはずなんだが……もしかしたらトラブルで停電が長引くかもしれない。暖房も切れたから、コートを着ておいたほうがいいな」
「わ、分かった」
ユカもズボンのポケットからスマートフォンを取り出して周囲を照らしつつ、2人で壁にかけておいたコートを手に取る。
「ケッカ、モバイルバッテリーは持ってるか?」
「ううん、今は持っとらんけど……」
「分かった。大きめの懐中電灯も含めて、下の事務所に借りられないかどうか聞いてくる。小さい懐中電灯が俺の机の足元にあるから、それを探しておいてもらえるか?」
「分かった、気をつけてね」
スマートフォンの懐中電灯アプリを起動させた政宗が、部屋を後にする。
同じく画面の明かりを頼りに政宗の席まで戻ったユカは、椅子をどかしてしゃがみ込み、
「……あった、っと」
片手で持つことが出来る懐中電灯を握りしめ、スイッチを入れた。が……。
「あ、あれ? あれ……!?」
何度スイッチを動かしても、世界は一向に明るくならない。どうやら電池が切れているらしい。
「バカ政宗……!!」
非常用設備の確認くらいしておけと内心で毒付きながら、机の下から這い出して……。
――誰もいない室内が、急に、広く感じた。
「……うわ、不気味」
いつもは、統治や華蓮、心愛、里穂、仁義、分町ママ、政宗……誰かがいて、他愛もない会話をすることが出来る場所なのに。
明かりを奪われ、暖を奪われた室内が……急激に冷え込んでいくのを、肌で実感していた。
「政宗……」
停電ということは、エレベーターも動いていないはずだ。8階から1階まで、停電した世界の階段を下るのは、いつも以上に神経を消費して、時間がかかることだろう。
分かっている、分かっているけれど……。
「……早く、早く……!!」
一人では、不安に押しつぶされそうになるから。
今はただ、彼の声が聞きたかった。
「って、そうだ、電池電池、っと……」
慌てて頭を切り替え、スマートフォンの懐中電灯アプリで机の周囲を照らす。
「確か、予備の電池が引き出しの中に……あった!!」
政宗の席の引き出しを探って目当ての電池を取り出したユカは……ふと、その視線の先にある、チョコレートの山を見つめた。
自分が先程渡したものを含め、多くのチョコレートがひしめき合っている。そう、一番上にあるものなんて、パッケージからとにかく高そうで――
「……」
つい、手を伸ばしてしまった。
そのケッカ……。
「……どうしてこうなった。」
1階の施設管理事務所で状況を確認し、非常用の道具一式(スマホのバッテリーや携帯カイロ、キャンプ用の大きなランタン、毛布など)を借りて戻ってきた政宗だったが……。
「まーさむねっ、お帰りー☆」
室内に入った瞬間、完全に『出来上がった』ユカに抱きつかれ、持っていたバッテリーを取り落とした。
「ケッ……ケッカ!? おまっ、お前、どうしたんだ!?」
「えー? だって、政宗がいっちょん(ちっとも)帰ってこんかったけんが、寂しかったっちゃもん!!」
「寂し……!?」
夢のような現実の中で、最後の理性を振り絞って扉を施錠する。そして……自分にピッタリとくっついえ離れないユカから、政宗の大好きな香りがしてきた。
「ケッカ……お前、酒でも呑んだのか!?」
「おさけー? 政宗、事務所にお酒とか置いとるとー? 仕事しろー!!」
「いや、俺も流石にそこまでは……」
軽蔑する口調のユカに、慌てて首を振りつつ……思い当たるのは、1つの可能性。
お得意様からもらったチョコレート、その中の1つは、確か……地味にアルコール度数が高いものだったような気がする。
「それにしても……こんなにぶっ壊れるまで食べるか? 普通……俺が食べる分、既にないんじゃないだろうか……」
今は世界が暗闇で包まれているので、現状を――ユカがどれだけ政宗のチョコレートを食べ続たのか――把握することは難しい。
そういえば以前、聖人から、「ケッカちゃんは体質的にアルコールの分解が難しいみたいだから、料理に使われている微量のものでも影響があるかもしれないねー」なんて、呑気な顔で言っていたような気もする。
そして、目の前でフニャッフニャに砕けている彼女の姿、それが全ての真実だ。
「あのチョコ食べると、体があったかくなってー、とまらんくなったとよー。政宗も食べるー?」
「いや、今はいいわ……あとケッカ、ちょっと離れてくれ、動きにくい」
「やだーやだにゃー」
「そんな声で言われたって動きにくいんだよ!! 俺の用事が終わったら……終わったら、いくらでもくっついてやるからっ!!」
「えー? しょーがないにゃー」
渋々離れてソファに座るユカは、そのままソファにゴロリと転がって、何かウニャウニャ呟いている。
自分の中では勇気を振り絞った言葉をいとも軽く受け流され、ちょっと意気消沈しかけた政宗だったが……すぐに気を取り直してそんなユカを横目で監視しつつ、床にキャンプ用のアルミシートをひくと、その上に二人分の寝袋を広げた。
「今日の寝床はココだ。停電の解消には、最悪一晩かかるらしい。かなり冷え込むから、コートを着て寝袋に入るんだぞ」
「はいはーい。ねーねー政宗ー、もう寝るとー?」
「いや、まだ寝ないけど……下で買ってきた缶コーヒー、飲むか?」
「うんっ、いるー」
フニャリと右手をあげるユカに嘆息しつつ近づき、彼女にコーヒーを手渡した。
「あれー政宗ー、一緒に飲もうよー。っていうか寒いけん、横におってよーくっついてよかっちゃろー?」
そのまま机を挟んで反対側へ行こうとする政宗のコートを、コーヒーを持っていない反対側の手で掴むユカ。
「……」
確かに、暖房を失った室内は急速に冷え始めていた。政宗はランタンを机上に置き、起き上がった彼女の左隣に腰を下ろす。
「うへへー☆」
ユカが遠慮なく体重を預け、少し潤んだ瞳で政宗を見上げた。
「……やっと、帰ってきてくれた。寂しかったとよ?」
直視出来ない政宗は、露骨に視線をそらしながらコーヒーをあおった。
「しょうがないだろ、1階まで階段で降りて、荷物持って登ってきたんだから……」
「分かっとるよー。うんうん、分かっとるけどー……寂しいもんは寂しかったとー!!」
「ぐはっ!?」
刹那、ユカが横から全力でタックルをしてくる。倒れそうになったところを何とか持ちこたえた政宗は……飲みかけのコーヒーを何とか机上に置き、自分に抱きついているユカの頭を見下ろした。
「ケッカ……?」
「……違うもん、ユカやもん!! ケッカじゃなか、ユカやけんね!!」
激しい拒絶は、これまでの積み重ねからくる鬱憤なのか、それとも……。
「……ゆ、ユカ、ど、どどうした? 具合が悪いのか?」
顔を上げない彼女の表情が分からない。普段からは想像もつかない事態の連続にクラクラしつつ、頑張って尋ねる政宗。そんな彼の問いかけにユカは首を横にふると、少し震えた声で……何とか言葉を絞り出した。
「……かった……」
「ん? どうした? 聞こえな――」
「……怖かった、1人で怖かった!!」
「……」
怖い、そう口にしたユカは、顔を上げずに大きく息をつく。そして……。
「……でも、ちゃんと戻ってきてくれて、良かったぁ……」
その声には、言いようのない安堵感が含まれていて。
肩の力を抜いた政宗は、未だに顔を上げない彼女の頭に、優しく右手を添えた。
「俺がケッ……ユカを置いていなくなるわけないだろ? 信頼してくれよ」
「……ゴメンなさい」
「す、すんなり受け入れられると違和感があるな……まぁ、この状況が既に違和感しかないわけか……」
独りごちる政宗だったが、ふと、とあることに思い当たった。
ユカは今、正常な状態ではない。
そして今、この現状も正常ではない。
そう、全て……ここにある全てが、異常な状態なのだ。
だから……。
「……少しくらい、いいよな」
「ふぇ?」
ここで初めて、ユカが顔を上げる。次の瞬間……抱きついているユカを少し強引に振りほどいた政宗の大きな腕が、彼女をすっぽりと包み込んだ。
「ひにょわっ!?」
上半身だけでも身長差や体格差があるので、小柄なユカはすっぽり覆われている状態。
政宗はそんなユカの耳元に口を近づけて、
「……なぁ、ユカ」
「ふふぇわー政宗暖かいけどくすぐったい……っと、何ですかー? そげん近づかんでも聞こえとるよー。どげんしたとですかー?」
温もりでホワホワしているユカに、今だから伝えられる、そんな一言を。
「……ありがとうな。俺、ユカがいるから生きていける」
「政宗……?」
刹那、ユカの声のトーンが少しだけ変化したような気がした。
それでもいい。ようやく掴んだ腕を離してしまう、その前に。
どうしても……どうしても、伝えたい事があるから。
「大袈裟に聞こえるかもしれないけど、本当にそう思ってるんだ。俺は……ずっと、ユカに支えられてきた。勿論ユカだけじゃないけど、やっぱり、俺の中では大きな存在なんだ。だから、一緒に仕事が出来て……一緒にいられて、凄く嬉しい」
この10年間、自力ではどうしようもない事態の中でも、2人はそれぞれの道を歩き続けてきた。
その道が再び交わり、一本に重なったこと。
その奇跡に、どれだけ感謝をすればいいのだろう。
「でも、あたしがおると、政宗は辛いんじゃないかって……」
「そりゃあ、ユカに対する罪悪感はまだ残ってる。でも、それを差し引いても嬉しいんだ。俺は……」
俺は、ずっと……ずっと、君のことを――
「……そげな恥ずかしいこと、今更言わんでよかよっ!! ふわー恥ずかしかーっ!!」
「うるせー。今しか言えないんだよ……まだ、今しか言えないんだ」
頭をグリグリ動かすユカに政宗は腕力で応戦しつつ……一度天井を仰ぎ、ため息をつく。
冷え切った室内は、白い息が消えて……自分の心臓の音だけが、やけにはっきりと聞こえているような気がした。