牧田です。いつも読んで下さってありがとうございます。感謝します。
昨日、下の息子と一緒に亡くなったお友達の通夜に行ってきた。
息子のかつてのチームメイトだった子の親父さん。親父と言っても、私より10歳も若い。
よく試合で一緒になった。あちこちのグラウンドの上で、暑い夏も凍える冬の日も。
声を嗄らして、チームを応援した。ミスと思しきジャッジには、一緒になって憤慨した。
そんな彼が、4年余の闘病の果てに…その短い生涯を終えた。
競技者としての輝かしい実績も然ることながら、彼の本当の魅力はその飾らない人柄。
誰とでも分け隔てなく接して、屈託のない笑顔で周りを引き込んでいくその魅力。
最初は距離があったが、一度打ち解けると、まるで昔からの知り合いのように。
いろいろな話をした。子供の将来の進路から、果ては自身の老後の移住の話まで。
訃報を聞いて、何だか呆然としてしまった。早い、いくらなんでも、早すぎる。
一人になって、改めて寂しさと悔しさがこみ上げて来た。何故、彼は召されたのか。
車の中で、人知れず泣いた。本当に何十年振りに、声を上げて泣きじゃくった。
あんなに立派で、謙虚だった彼が召されなければならないなんて、この世は不公平だ…
ひとしきり感情を爆発させると、あとは虚しさが残った。手の届かないことに振り回されても
無力感が増すだけなので、ここは氣持ちを切り替えなければ…と思ったが、簡単ではない。
起きてしまったことはもう、覆ることはない。そう思っていても、力が入ってこないのだ。
ようやく落ち着いて、この文章を書く意欲が湧いてきた次第。時だけが、解決してくれる。
息子と一緒に車で会場に向かう。息子は車の中で、言葉少なにぽつりぽつり話し始めた。
病氣の事は、お子さんから直接聞いていたようだ。治らない事も、知っていたみたいだ。
今年に入ってから、特に体の状態が思わしくないようで試合の応援も休みがちだった。
でも出てきた時は、大声を張り上げて応援していた。良くなったと、思っていたのに…
会場に着くと、車を停めるスペースがない程の大混雑。こんなに混んでいた記憶はない。
仕事の関係者らしき若手スタッフが大勢居る。彼らもみんな、友達の死を悲しんでいる。
ところどころ、知っている顔が居る。サッカーの同期、後輩と父兄、コーチも来ていた。
みんな一様に悲痛な表情で、突然の訃報に戸惑っている。そう、無理もない。
小学校の卒団式の後、謝恩会がお開きになりその時、少し友達と話した。
これから違うチームになるけど、これまで通りまた一緒に遊ぼうね!と約束した。
むずかる末っ子をなだめながら、笑顔で別れたあの日のことをまだ覚えている。
あの笑顔を、もう二度と見る事はできないのだ。飾らない、屈託のないあの笑顔を…
棺桶の中の彼は目を閉じ、仕事の勝負服に身を包んで、安らかな表情だった。
人が羨む実績を持つだけの人ではなく、謙虚で優しく、理想を追い求めるその姿。
だからこそ多くの人を魅了して止まず、その死には多くの人を悲しませるのだろう。
彼こそ、本当のヒーローであり続ける人なのであると思う。彼の事を、忘れない。
最後まで読んでくれてありがとう。実に嬉しいです。また遊びに来てね。