☆新しいプロゲステロン受容体調節薬:ステロイドホルモンを考える | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

新しいプロゲステロン受容体調節薬「BAY1002670」に関する論文が発表されましたので、ご紹介致します。本論文は、子宮筋腫に対するBAY1002670の治療効果について述べていますが、ステロイドホルモンを考える上で重要な知見を提供しています。

Hum Reprod 2013; 28: 2253(ドイツ)
要約:臨床応用の前段階として、研究室レベルでプロゲステロン受容体調節薬であるBAY1002670の効果を検討しました。
まず、様々な受容体への結合度を検討しました。BAY1002670が、プロゲステロン受容体(PR)、グルココルチコイド受容体(GR)、アンドロゲン受容体(AR)、エストロゲン受容体(ER)に結合する能力は、それぞれの受容体に本来結合するホルモンの1.58倍(PR: 41/26)、 0.43倍(GR: 25/58)、0.08倍(AR: 12.2/150)、0倍(ER)となりました。
BAY1002670の活性を調べたところ、作動薬(Agonist)活性としては、ARのみに認められましたが本来のホルモン(Meribolone)の1/330です。また、拮抗薬(Antagonist)活性としては、PRAとPRBとGRはMiferpristoneと比べそれぞれ1/4.2と1/4.8と1/100で、ARはFlutamideと比べ同等でしたが、ERaとERb活性はFulvestrantと比べゼロ(皆無)でした。また、BAY1002670のAntagonist活性同士をホルモン受容体別に比較すると、PR>AR(1/500)>GR(1/10000)>>>ER(0)となります。
生体内でのBAY1002670のAgonist活性とAntagonist活性をそれぞれ調べました。ウサギの子宮内膜に作用するPR活性(McPhail指標)として、Agonist活性はなく、Antagonist活性は0.3 mg/kg/日で認められます。ラットの甲状腺に作用するGRのAntagonist活性として、BAY1002670にはなく、Miferpristoneでは100 mg/kg/日で認められます。ラットの前立腺に作用するAR活性として、BAY1002670にAgonist活性はなく、Antagonist活性は3.0 mg/kg/日でわずかに認められます。ラットの子宮に作用するER活性として、BAY1002670にAgonist活性もAntagonist活性も認められませんでした。
妊娠初期のラットにBAY1002670を投与した場合の妊娠中絶率は、内服投与より皮下注射で効果的で、0.5 mg/kg/日で80%、1.5 mg/kg/日以上では100%でした。SCIDマウスに子宮筋腫を移植し、BAY1002670の効果を6週間投与後に調べたところ、1.0 mg/kg/日以上で子宮筋腫の縮小効果が認められました。
以上のBAY1002670によるin vitro/in vivoの作用は全て用量依存性に認められました。

解説:プロゲステロン(黄体ホルモン)は、妊娠に必須のホルモンで、排卵後、着床期から妊娠中を通じて濃度が高くなります。ホルモン受容体調節薬には、プラスの作用を示す作動薬(Agonist)とマイナスの作用を示す拮抗薬(Antagonist)があります。そもそも、プロゲステロン受容体調節薬の開発の目的は、LHサージと排卵を抑制することと、子宮内膜の増殖抑制効果により避妊薬としてのものでした。Miferpristone(RU486)は1988年にプロゲステロン受容体拮抗薬(Antagonist)として登場しましたが、実際には動物種によってあるいは臓器によって、プラスのにもマイナスにも働くことがわかりました。妊娠初期の中絶および内膜症や子宮筋腫の治療に試験的に用いられています。Miferpristoneには、グルココルチコイド拮抗作用もあるため、体内のACTH(ステロイドホルモン放出ホルモン)とコルチゾール(体内のステロイドホルモン)が増加します。また、FSHが低下することにより、閉経類似の状態となり、ほてりやのぼせが出現し、肝機能が低下することといった副作用があります。次に登場したProellex(CDB-4124)は、プロゲステロン受容体調節薬として開発されましたが、肝機能障害が強く不正出血が見られることから開発が途絶え、代わりにUlipristal(ESMYA)が2012年から臨床使用が可能になりました。現在Ulipristalは、EUでは子宮筋腫の術前に3ヶ月間の使用が承認され、またEUと米国では緊急避妊薬として認められています。プロゲステロン受容体調節薬の長期にわたる使用の安全性については検討されていません。

ステロイド骨格を持つものをステロイドホルモンと言います。この中には当然、「ステロイド」と巷で呼ばれる糖質コルチコイド(グルココルチコイド)がありますが、鉱質コルチコイド(ミネラルコルチコイド)、女性ホルモン(エストロゲン、プロゲステロン)、男性ホルモンも含まれます。これらのホルモンの原料は一緒で、「コレステロール」から合成されます。これらのホルモンは、細胞内にある核の中の受容体に結合することでその作用を発現しますが、これ以外のホルモンは細胞膜の外側にある受容体に結合して作用を現します。このように、ステロイドホルモンはお互い親戚関係にあり、交差反応するものがありますので、本来はPR、GR、AR、ER全てのAgonist活性とAntagonist活性を評価する必要があります。本論文では、Miferpristoneと比較してBAY1002670の各種活性をin vitro/in vivoによる実験で比較したところ、PRのAntagonistとして非常に強い選択的な活性を持ち、その他の活性は低いこと、つまり安全度が高い(余計な副作用を心配しなくてよい)ことを示しています。

様々なタイプのステロイドホルモンについては、2013.6.1「体外受精前周期のピル(OC)のメリット•デメリット その2」も参考にしてください。