☆ダイオキシン暴露による子孫への影響 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、ダイオキシン(TCCD)暴露による女性の妊孕性への影響について娘の世代まで検討したものです。

 

Hum Reprod 2021; 36, 794(イタリア)doi: 10.1093/humrep/deaa324

Hum Reprod 2021; 36, 539(米国)コメント doi: 10.1093/humrep/deaa361

要約:1976年のセベソ事故によってダイオキシン(TCCD)に被爆した981名の女性を対象に健康状態を調査したSWHSスタディ(Seveso Women's Health Study)と、その子孫の健康状態を調査したSSGSスタディ(Seveso Second Generation Study)を行いました。SWHSスタディの女性446名とSSGSスタディの18歳以上の女性66名を対象に、妊孕性(妊娠までの期間、不妊症の頻度)を後方視的に検討しました。結果は下記の通り(有意差の見られた項目を赤字表示)。

 

         SWHSスタディ   SSGSスタディ

         母親 446名      66名

妊娠までの期間  3ヶ月 0.82倍   2ヶ月 0.59倍

不妊症の頻度   18% 1.35倍    11% 1.33倍

 

解説:ダイオキシンのひとつであるTCCDは、世界中広く環境中に存在します。TCCDは、内分泌撹乱化学物質(環境ホルモン)で、半減期は7〜9年であり、人体に長く残留します(主に脂肪細胞)。動物実験では、母親のTCCD暴露が子孫の世代の妊孕性低下をもたらすことが報告されています。ダイオキシンはAHR(Aryl Hydrocarbon Receptor)に結合しその効果を発揮します。1976年のセベソ事故にる影響を調査するSWHSスタディ1996年に立ち上げられ、その一環として本論文の研究が行われました。本論文は、TCCD暴露による女性の妊孕性への影響について娘の世代まで検討したものであり、母親、娘ともに妊孕性が低下することを示しています。

 

セベソ事故は、1976年7月10日、イタリア・セベソの農薬工場で発生した爆発事故により、TCCD数百グラム~数キログラムがエアロゾル状となって18平方キロメートルに飛散した大規模な事故です。高汚染地区は居住禁止・強制疎開などの措置が取られましたが、周辺地域では家畜が大量死したり、癌発生率増加、流産率増加、奇形出生率増加が認められました。また、糖尿病、心臓病、ホジキン病、肉腫の増加など長期的な影響が出ています。作業員の人為的なミスが事故の原因とされていますが、ダイオキシンが放出されたことが公表されたのは事故から1週間後、除去開始にはさらに1週間後と、初動対応の遅れもありました。除染作業は1977年春から開始され、住民22万人に対して疫学的調査が開始されました。現在では土壌の除染が完了しており、土壌のTCDD濃度は他の地域と同程度です。この事故を受けて1982年ECが定めた工場の安全規制は、セベソ指令と呼ばれています。

 

コメントでは、45年に及ぶ長期の研究を称賛するとともに、今後の研究継続に期待を寄せています。今回は女性の妊孕性への影響についてでしたが、男性の妊孕性への影響について息子の世代までの検討、さらには孫の世代までの調査も必要であるとしています。

 

不妊症には、様々なライフスタイル(喫煙、アルコール、睡眠、食事、BMI、STD、ピル)や環境因子(環境ホルモン、大気汚染)が関与していることが知られています。これらの調査研究は容易ではありませんが、極めて重要な情報を含んでいます。本論文のような研究が一層進むことを期待します。