原因不明不妊に紡錘体移植:パイロットスタディ | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、原因不明不妊に紡錘体移植を行ったパイロットスタディです。

 

Fertil Steril 2023; 119: 964(英国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.02.008

Fertil Steril 2023; 119: 974(米国)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.04.006

要約:ART治療(体外受精、顕微授精)3~11回不成功(合計159周期)で、妊娠歴がなく、ミトコンドリアDNA疾患のない25組の夫婦(女性年齢40歳未満)を対象に、ドナー卵子MII期の紡錘体を摘出し、代わりに患者卵子MII期の紡錘体を注入(紡錘体移植)し、夫精子を用いて顕微授精を行い、胚培養およびPGT-Aを実施しました。なお、重度の男性不妊は対象外とし、ドナー卵子の提供者は過去のART治療で出産している女性としました。全ての紡錘体移植周期28周期から、正常胚移植19周期、臨床妊娠7周期で、6名が出産に至りました。なお、誕生から生後24か月までのお子さんの発達に問題はありませんでした。DNAフィンガープリンティング法により、お子さんの核DNAは実の両親から受け継がれていることが確認できました。5名のお子さんのミトコンドリアDNAは99%以上がドナーのものであり、1名では母親のミトコンドリアDNAが30~60%を占めていました。

 

解説:卵子のミトコンドリア機能不全や細胞質不全は、受精障害や発生障害を引き起こす可能性があります。 卵子の核以外の部分を置換する「ミトコンドリア置換(核移植)」の進化系として、卵子MII期の紡錘体を移植する「紡錘体移植」の有用性が動物実験により証明されています。当初、母親のミトコンドリアDNA疾患の子供への遺伝を回避するために開発されましたが、患者の核DNAとともに母親のミトコンドリアもごく少数(1%未満)入ってしまうため、ミトコンドリアDNA疾患の遺伝を完全に排除することはできません。 このような低い割合の変異型ミトコンドリアDNAが増加する可能性を示唆する研究も報告されています。 本論文は、ミトコンドリアDNA疾患がない原因不明不妊の女性を対象に紡錘体移植を実施した初めての報告です。紡錘体移植により作成された受精卵が着床し出産できることを示していますが、母親のミトコンドリアDNAが30~60%を占めた症例が1名あったことから、ミトコンドリアDNA疾患を持つ女性に応用することは現段階では時期尚早と考えます。

 

コメントでは、紡錘体移植により作成された受精卵が着床し出産できることを示した事実は、原因不明不妊に悩む患者さんにとって極めて有益な情報であるとしていますが、臨床応用の前に本法の安全性と有効性を評価するためのランダム化試験が必須であるとしています。 また、いくつかの問題点を指摘しています。①正常胚移植あたりの出生率がわずか31.6%(6/19)であること(ドナー卵子による正常胚の出生率のおよそ半分)。②紡錘体除去と紡錘体移植に用いる技術の難易度が高く、通常の培養士が簡単に実施できるものではないこと。③大幅な追加コストがかかること。④卵子や胚に強いストレスがかかること。⑤本法による卵子操作により胚のリプログラミングが起こり、未知の長期的悪影響をもたらす可能性があること。⑥1つの細胞に2人の異なる健康なミトコンドリア集団が存在する場合の健康への影響は未知であること。生殖補助医療の成功の目標は「健康な妊娠だけでなく、健康な子供と健康な母親である」ことを忘れてはなりませんと結んでいます。