子宮転移術による初めての出産 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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本論文は、子宮転移術による初めての出産報告です。

 

Fertil Steril 2023; 120: 188(ブラジル)doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.02.033

Fertil Steril 2023; 120: 194(米国)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.05.002

要約:左腸骨および胸部に粘液性低悪性度脂肪肉腫を患い、患部ギリギリで腫瘍を切除した28歳の未婚女性は、骨盤および胸部に60Gyの放射線照射を受ける前に子宮転移術を実施しました。子宮転位術は、円靭帯、広靭帯、仙骨子宮靱帯を切断し、骨盤漏斗靱帯を剥離します。膀胱子宮窩を切開し、保存する必要がある血管を除き、手術は腹腔鏡下子宮摘出術と同じ方法で行ないます。膣を切断縫合し骨盤漏斗靱帯を剥離すると、子宮を骨盤から上腹部へ移動することができます。骨盤漏斗靱帯と子宮体を腹壁に固定し、子宮頸部を臍に吻合し、子宮の出口を形成します。ドップラー超音波検査で適切な子宮血流が確認でき、術後3日で退院しました。放射線治療後、子宮を元の骨盤の位置に戻しました。膣断端を切開し子宮頸部を膣に挿入します。円形靱帯と広靱帯を再建して手術が完了します。術後月経再開に引き続き妊娠が成立し、妊娠36週で帝王切開で出産しました(2686g、46.5cm)。生後1年の児の発育は正常で、患者さんの悪性腫瘍の再発兆候は認めていません。

 

解説:直腸癌、骨盤軟部肉腫、肛門管癌、ユーイング肉腫などの骨盤腫瘍では骨盤放射線照射を行います。しかし、骨盤放射線照射は、卵巣不全、子宮容積減少、子宮筋伸張性低下を引き起こします。子宮転移術(子宮位置変更手術)は、2017 年に直腸癌患者で初めて報告されました。それ以降に症例報告は散見されますが、妊娠に関する報告は皆無です。本論文は、子宮転移術による初めての出産報告です。


コメントでは、骨盤放射線照射が必要な女性の場合、これまでは卵子凍結や胚凍結、あるいは卵巣組織凍結を行っていましたが、本論文ののように子宮転移術による妊孕性温存の可能性が考慮されるとしています。子宮頸癌の妊孕性温存術「トラケレクトミー」では妊娠率23.9%、出産率75.1%ですが、重篤な産科合併症が生じる可能性が高くなります。また、子宮移植は、移植拒絶、高額な費用、早産、倫理的問題などを伴います。2017年に初めての子宮転移術が行われましたが、この時は出産には至りませんでした。その後も同様な取り組みが行われ、月経再開と病気の再発を認めませんが、妊娠には至っていません。本論文は、子宮転移術による初めての出産報告であり、その偉業を賞賛しています。

 

ヒト子宮移植については下記の記事を参照してください。

2023.6.25「子宮性不妊の治療は子宮移植か代理母か:紙面上バトル

2022.3.14「ドナー子宮をロボット手術で摘出:ビデオ論文

2021.4.4「子宮移植の際の新しい子宮膣吻合法:ビデオ論文

2020.12.12「子宮移植で中国初の出産報告

2019.7.21「ヒト子宮移植の現状
2017.10.13「子宮移植に備えて:温虚血時間の検討

2016.8.20「子宮移植での出産報告2件」
2015.2.3「子宮移植後1年」
2014.8.19「☆子宮移植の現状」
2014.1.24「子宮移植で妊娠に成功!」
2013.4.13「ヒト子宮移植に成功した女性が妊娠」
2013.3.7「☆ヒト子宮移植の成功」