キスペプチンによるトリガー:第1相、第2a相試験 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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本論文は、キスペプチン(MVT-602)によるトリガーの第1相試験、第2a相試験です。

 

Fertil Steril 2024; 121: 95(欧州)doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.10.031

要約:18~35歳の健康な女性を対象に、トリガーとしてのキスペプチンの有用性を検討しました。卵巣刺激なしの第1相試験24名は、キスペプチン0.3、1.0、3.0mg、プラセボの単回皮下投与(各群6名)、卵巣刺激ありの第2a相試験75名は、キスペプチン0.1、0.3、1.0、3.0 mgの単回皮下投与(各群16〜17名)、トリプトレリン 0.2 mg(陽性対照群5名)、プラセボ(陰性対照群5名)としました。キスペプチンは安全かつ有効、吸収及び排出が速やかで、半減期は1.3~2.2時間でした。第2a相試験では、LHはキスペプチンの用量依存性に増加しました。薬剤投与後排卵までの時間は、キスペプチン3.3~3.9日、トリプトレリン3.4日、プラセボ5.5日でした。キスペプチン投与後、3mgで100%、1mgで88%、0.3mgで82%、0.1mgで75%の女性が投与後5日以内に排卵に至りました。一方、トリプトレリン投与後は100%、プラセボは60%でした。キスペプチン3mg投与後24.8時間でLH値が82.4 IU/Lと最大値になり、33時間まで15 IU/L以上をキープしました。

 

解説:生理的LHサージは48時間程度持続するのに対して、hCGの作用は7~10日間持続します。この持続により卵巣過剰刺激症候群(OHSS)のリスクが増加します。一方、GnRHアゴニスト製剤は、投与後4~6時間でLH値が最大(生理的LHサージの2~5倍)となり作用時間も短いですが、黄体賦活作用が弱いため新鮮胚移植の妊娠率を妨げることが判明しています。

 

キスペプチンは、Kiss1遺伝子によってコードされた視床下部神経ペプチドホルモンであり、視床下部のキスペプチン受容体(Kiss1r)を介して作用し、内因性GnRHを放出します。キスペプチンは、思春期の開始に重要であることが明らかとなっており、キスペプチンがないと思春期が起こらず、キスペプチン作用が強いと思春期が早く来ます(早熟)。また、キスペプチンは下垂体からのFSHとLHの分泌を促進し、排卵のトリガーになります。外因性GnRH(ブセレリン)よりも上位からの刺激になるため、OHSSを回避しながら成熟させることが可能になります。本論文は、このような背景の元に行われた、キスペプチン(MVT-602)トリガーの第1相試験、第2a相試験であり、生理的LHサージと同様の振幅のLHサージを誘導し、卵成熟のトリガーに有用と考えます。

 

下記の記事を参照してください。

2022.5.9「マウス卵巣内キスペプチン受容体欠如によりPOIが生じる

2021.10.17「キスペプチン低値が流産診断の指標になる

2020.10.4「キスペプチンの役割:まとめ

2020.1.28「キスペプチンでPCOSの治療が可能か

2018.3.7「キスペプチン54トリガーによる卵胞顆粒膜細胞の変化

2017.9.11「キスペプチンによるダブルトリガーの有用性は?

2015.8.10「☆キスペプチンの卵巣刺激作用
2014.12.28「顆粒膜細胞のニューロキニンとキスペプチンの役割」
2013.12.19「☆キスペブチンとは?」