335
会場 ネイキッドロフト
プログラム
第1部:「戦後と短歌」篠弘×岩田正」
第2部:「これからの短歌」奥村晃作×枡野浩一
第3部:セイレーン』朗読 辰巳泰子


第1部は定刻通りに始まった。
舞台下手から篠弘さん、岩田正さん、辰巳泰子さんの順番でテーブルを囲んだ。
辰巳さんの挨拶に続き、篠弘さんの話が始まる。

昨日、京都に行っていました。そこで50年間の女性の歌と言う話をしてきました。今回は辰巳さんの歌を中心に話しますが、少しだけ年代別に話をしましょう。
昭和40年代、河野裕子と言う歌人は、女性性を生かした 短歌を詠みました。
 今刈りし朝草のやうな匂ひして寄り来しときに乳房とがりき

次に、学生運動時代の短歌を道浦母都子と言う歌人が詠んだ。代表作は
調べより疲れ重たく戻る真夜怒りのごとく生理はじまる

最後に、夫婦についての歌を詠んだのが阿木津英、代表作は
「                                          」(ごめんなさい、歌を中途半端に覚えていて検索したのだけれど見つからなかった。覚えていた人、教えてくださいm(__)m)

それ以前の短歌は、女性としてどう生きるべきか?が詠まれていた。
そして、40年代以降、俵万智の登場となる。その後、俵万智と対照的な歌の登場となるのが、辰巳さん、水原紫苑さんのふたりなのです。
辰巳さんの歌は、3つに分けられると思います。1つ目は、教師時代の歌。ふたつ目は、奇麗事の愛ではない愛の歌、三つ目は、性愛の世界も生身で捉えていく、少し偽悪的捉えてしまう部分、その3つではないかと思います。
水原紫苑さんの代表作は
まつふさに眺めてかなし月こそは またき裸身と思ひいたりぬ

ここで、俵万智と水原紫苑の歌をファッションの世界に喩えて
俵万智-コンサバ
水原紫苑-モード
と表した。

格調や気高さの雰囲気が、辰巳さんの歌にはある。
報われない愛であったり、ちょっと艶歌調であったりするけれど、エゴイスティックなまでに突き詰めてゆく、それは、あることに対して命をかけてゆくことでもある。歌に対する懸命さは、生きることへの懸命さでもある。と、辰巳さんの歌に対する評をして、篠さんの話は終わった。

約3時間のプログラムを一気に書くのは、かなり難しいので今日はこの辺にしておきます。
次回は、岩田さんの話をまとめて書きます。すみませんm(__)m