メンタルヘルス最前線⑪ 有名女子大出の才媛がやっとの思いで「明日は出社します」

総合心理教育研究所主宰  佐藤 隆

 女性の高学歴化と職場進出が定着し、多くの優秀な人材が多方面で活躍している。このことは同時に働く女性も男性同様にストレスを受ける頻度が高くなることでもあると考えられる。

 A子(28歳)は、容姿端麗の才媛であった。有名女子大を優秀な成績で卒業し、大手の金融関係の会社に就職した。男性優位の職場にあって、A子は持ち前の頑張り精神で仕事一筋に精進した。

 そのかいあって、重要な仕事も何とか任されるようになってきた。しかしながら一方では、男性社会の中で仕事をする厳しさも実感として分かるようになってきた。また、仕事に明け暮れ、まだまだと思っているが、ふと考えると「結婚」という字がやけに気にかかるようになっていた。そんな時に、長年指導し面倒を見てくれた課長が人事異動になって、若い新任の課長が赴任した。

 仕事はA子の方がよく知っているのに、何かと指示命令する上司に反発を感じるようになってきた。

 何となく今後の昇進がないという青空の見えない職場、いやな上司、自分自身の将来、そして結婚、こんなことを毎日考えながら生活をしているうちに夜が怖くなってきた。考えれば考えるほど自分の将来は希望のない惨めなものに思われてしまうのであった。A子にとって職場の仲間はライバルであり、困った時に相談する友人ではなかった。

<快適な朝の目覚めはもう遠い過去…>

 こんな孤独で眠れない日々を過ごしていたが、次第に朝の起床が苦痛に感じられてきた。“朝食のサラダ”のようなフレッシュで快適な目覚めはA子にとって遠い昔話のように感じられてきた。真面目な性格のA子にとって、学校や会社を休むということ自体、許し難いことであった。やっとのことで受話器を持ち「体の調子が悪く、明日から出勤します」と伝えるのが精一杯であった。午前中は寝ているが、午後から少し調子がよくなってくる。「これだったら明日から絶対に会社に行ける」と思う。夜になると「一生懸命、皆勤してきたのに、今日もこんなことで休んでしまって、私の将来はこれでダメになってしまったに違いない…」などと考えを巡らし始めてしまい、目は冴えて、不安と恐怖が心を満たすのであった。そしてまた翌朝から「明日は出社します」という電話を繰り返すのであった。

<「人に迷惑をかけたくない」>

 職場の仲間もA子の状態がおかしいということに気づき、大学病院の内科の受診をすすめた。諸検査の結果はノーマルであったし、別段、精神科をすすめられるわけでもなかった。しかし、「明日、出社します症候群」はそのままであった。

 困った職場の上司はカウンセリングを受けることをすすめた。A子も会社に出られない状態が2週間以上も続いていたので受けることにした。

 カウンセラーとの面接の結果で次のことが分かった。

①人事異動を契機にバーンアウト症候群の状態にあり、精神神経科の受診と投薬の必要性があること。

A子の不安、恐怖は幼い頃の親子関係と無関係ではないので「実家の両親」と連絡をとり、できれば

“家族面接”が望ましいこと。

③長期療養が望ましいこと。

 本人も会社もこのことを了解し、A子は病院で投薬を受けながらカウンセリングで問題を考えることになった。

 両親も今回のA子の問題を真剣に考えて、ともにカウンセリングを受けた。幼い頃の両親の不和が、A子の性格形成に大きな影響を与え「人に迷惑をかけずに頑張らなければ」という過剰適応型の行動パターンをつくってきたのであった。

 その後、親子関係の再構築を図る心理療法を受け、元気に職場復帰して働いている。

 後日談によれば「嫌いだった新任課長は、何となく自分の父に似てたのかもしれませんね」とA子は語ってくれた。

 仕事、出世、結婚と多くの課題を抱えた女性のケースであったが、これらはA子一人の問題ではなく、これから働く若い女性に共通の問題のような気がする。

※バーンアウト症候群

 燃え尽き症候群とも呼ばれる。1つのことに没頭して精力的に働いていた人が、突然燃え尽きたように仕事への意欲を失うもの。激しい受験戦争を生き抜いた若者にも見られる。