メンタルヘルス最前線⑫ 三つ子の魂、社会人になっても

 エリック・バーンの交流分析(トランザクショナル・アナリシス)によると、さまざまな不適応の行動パターンの過程で「三つ子の魂百まで」が引き続いており、幼児期の父親に対する態度や母親との関係で、“こじれた部分”が社会人となって職場で働いていても本人が気づかぬままに無意識的な行動となって続いていることが少なくない。

<どうしてもイヤなことが1つ>

 A子さん(23歳)は某出版社に勤務する編集者である。文化系の大学を出て、好きな出版の仕事について、キャリアウーマンとして将来を嘱望される立場にあった。しかし、頭痛、吐気、めまいを訴えて、たびたび職場を休むようになる。本人は会社へは行きたいのだが、なんとなく調子が悪いということで休んでしまう。大学病院での精密検査も異常なし、神経科の専門医の所見もこれといった精神疾患は考えられないとのことであった。

 そんな病院の検査とは逆に、本人の“会社に行けなくなる症候群”はますます激しくなってきた。

 見かねたA子の上司のB課長(46歳)がカウンセラーの所へ連れてきた。

 カウンセラーとはなかなか話をしないA子であったが、紹介者のB課長が帰ったら、せきを切ったように話し始めた。

 「私、今の会社については満足しています。仕事も将来性があるし、どうしても辞めたくないんです。でも、どうしてもどうしてもイヤなことがあります。誰が何といっても、これだけはどうしようもないんです」と話し始めた。

 「それは何ですか」と聞くと、「実は私のことを一生懸命心配してくれて、今日もここに連れてきてくれたB課長のことなんです。あの人のことが嫌いで嫌いでどうしようもないんです。私の前に配属になった女の人も、皆、会社を辞めているようなんです」。

 「どこが嫌いなんですか」と聞くと、「どこといわれても困るんです。何かとてもこうベタベタしているんです。もう顔を見るだけで吐気がし、トリ肌が立ってくるんです。毎日が地獄です。これといって理由はないんですがイヤなんです。だから困ってしまうんです」とのことであった。

 会社に出られない日がだんだん多くなってきたので、A子のお母さんに相談室に来てもらって、話を聞くことにした。

<父親への憎しみが…>

 お母さんによると、夫との仲が極端に悪く、父親が荒れていたこともあって、家庭を不幸にしているのは父親であるという観念がA子の中で強く固定し、とにかく父親を嫌い、むしろ幼い時から父親を憎んで育ってきたようであった。母親から聞いたA子の父親のイメージと、B課長のそれとは共通する点が多くあることにカウンセラーは気づいた。

 何が原因かはわからないが、心の無意識の中に眠っていた父親に対する憎しみやコンプレックスが、B課長と同じ職場になることによって職場が偽家族化されて、ついついこのような行動となっていたのだろう。

<感受性の強い人が犠牲者に>

 家族療法では「人は一人だけで問題になる人はいない」と考えるから、相手との相互作用の中で問題が発生してくることになる。また、最も感受性の高い人が犠牲者として、その家族の中で問題となってくる場合も多い。従って、このケースの場合も、まず第一に、A子自身が幼い頃からの父に対する心のはたらきについて“気づく”必要があろう。第二に、職場は家庭と違うし、B課長と父親は別人であることを認識する必要があろう。

 従来は、問題者が出ている職場については、その人とだけのカウンセリングであったが、これからは家族との対人関係のあり方なども1つのカウンセリングの対象としてアプローチしていく必要性も出てきた。

 この場合、単なる話し合いだけでは解決は難しく、かえって絶望感を植えつけることになってしまう。やはり専門的心理療法の技術を応用することが、本人にとっても家族にとっても効果的といえる。

 職場のメンタルヘルスとはいっても、職場だけの問題ではなく、むしろ家族との関係における心のしこりの方が強く出てくる場合もある。