ホテル


暗く寂しい286号線
車窓を開けるとぬるい風


馬見ケ崎川桜回廊 

甘い香りがほのかに漂い
左前方にホテルの灯り


頭は重く視界はかすむ
今夜はここに一泊しよう


専称寺の鐘が鳴り

暗いフロントに女が現れた
僕はひそかに問いかける
ここは浄土か それとも地獄か


すると女はローソクを点け
僕を部屋へと案内した
廊下の向こうから囁く声が聞こえる


ようこそホテル・オーヌマへ
ここは霊界の入口
お客様もいい人たちばかり
ホテル・オーヌマは
静かなお部屋をご用意して

100年前から
あなたのお越しをお待ちしていました


谷地のお雛様のように繊細で
血染め桜のような曲線美
美しいボーイたちはみな
女に心を奪われている


中庭には香ぐわしい汗を流して踊る女
すべての思い出を消そうとしてる男
犬を抱えて笑う老人


僕は支配人に告げた
「WILD TURKEYを持ってきてくれないか」
すると彼は答えた

「異国の酒は置いてございません」


人々が深い眠りについた真夜中に
どこからともなく声が聞こえてくる


ようこそホテル・オーヌマへ
ここは霊界の入口
お客様もいい人たちばかり
どなた様もホテルでの人生を楽しんでいらっしゃいます
お時間の許すかぎり せいぜいお楽しみください


曼荼羅でいっぱいの天井
山形切子には出羽桜のスパークリング
誰もが自分から囚われた者ばかり


エビアンルームでは宴会の準備が整った
人々は心に鋭いナイフを突き立てるが
誰も内なる野獣を消せはしない


気がつくと僕は出口を求めて走りまわっていた
286号線に戻る道を見つけなければ


するとあの女が言った
「落ち着いて自分の運命を受け入れるのです
チェック・アウトは自由ですが
このホテルから逃げることはできません、永久に」


ようこそホテル・オーヌマへ
ここは霊界の入口
お客様もいい人たちばかり
どなた様もホテルでの人生を楽しんでいらっしゃいます


このホテルはあと一月で消滅しますが

このホテルから逃げることはできません、永久に