黄色くて大きな向日葵が、
大好きだった

小さいころから、ずっと。

 

 

 

 

 

まあ、いい笑顔。

 

 

 

こんな笑顔になれるくらい、

黄色はあなたの色だ
と言われると嬉しかったし


笑顔が向日葵のようだと言われるのは、

『向日葵みたいな
「あのこ」のように、
笑顔が素敵な人になってね』と、

母が大好きな本からつけてくれた名前を、
肯定されるみたいで誇らしかった。

 

向日葵のセットアップがお気に入りだった。

黄色いリュックサックが大好きだった。



そんな幼少期を思い出すとき、
いつも同時に思い出す
ひとりの女の子がいる。


彼女は、Hちゃん。


小学校を三年で転校して
どう新しく友達を作ったらいいか
分からなかった私に、

彼女は最初に話しかけてくれた。
うちにゲームしに来る?って誘ってくれた。

そうして彼女とは、
中学卒業まで『同じグループ』にいた。


一緒にいて楽しい半面、
好きになれない面も、もちろんあった。


二人兄妹でお兄ちゃんは結構年上で、
待望の女の子だったから、
とてもとても可愛がられ、甘やかされ、

何もかも思い通りにならないと
何かのせいにしてすぐに泣きだす、


私の中の彼女の印象は、そんなだった。



そんな彼女が、
あるとき、黄色い向日葵の缶バッチを、
サブバッグに着けて登校してきた。


『かわいい!』


私は思わずそれに反応した。
すると彼女は、


『とらないでね』


そう言って笑った。
冗談めいた言い方だった。
だから私もそこまで気にしていなかった。



けどそんなある日、
Hちゃんの缶バッチがなくなった。


朝のホームルームで
教卓の前でうつむくHちゃんと
そっとその背中をさする先生。



『Hさんのカバンに着けてあった
缶バッチが無くなりました。
誰がどうしたとか、自分がとったとか、
知ってることがある人がいたら
手を挙げて教えてください』



わたしは
唇をかみしめるHちゃんを
かわいそうだなあと思ったし、

今日は一緒に遊ぼうって誘ってみよう。
そう思ってた。


そして次の瞬間、
そんなHちゃんから出た言葉は
あまりにも信じられないものだった。



『とったのは、奥田さんなんです』



クラス中が一斉に私を振り返る。
ざわざわとざわめく教室。


私はというと、
何が起こったのかわからず、
ただ前を向いて、私を指さす
Hちゃんをみていた。


『奥田さん、立ち上がって下さい』


先生にそう言われ、はっとした私は
立ち上がる。


『Hさんはあなたがとったと言ってます
ほんとうのことを教えてください』


今思えばこれは
はなから私を疑う発言でしかなかった。


『とってません。しりません』

『けどHさんは貴方がとったと言ってます。
そうなんですよね?』

『そうです、奥田さんです』

『とってません』

『奥田さん、
嘘をつくのは自分に嘘をつくのと同じですよ』

『正直に言ってよ』


真っ向から私を疑う姿勢の2人に
耐えきれなくなった私は、
思わず、声を荒げた。


『とってないってば。
自分で落としたんじゃないんですか?』

『おとしてないもん!大事につけてたもん!』


わっと泣き出すHちゃん。

先生がHちゃんの背中をさすり、
彼女と仲のいいKちゃんかすかさず立ち上がり
彼女をなだめると、
キッとこちらをものすごい目で睨んだ。


『どうしてそんな言い方するの?』

『いや、今Kちゃん関係ないじゃん』

『関係あるとかないとかじゃなくて、
なんでそんな言い方するの?って聞いてるの』

『事実じゃないことで疑われて
いやな思いをしてるのは私なんだけど』

『だからって
そんな言い方はよくないって言ってるの!』


Kちゃんが大きな声で言う。
先生が止めに入ってKちゃんは席に着いたけど、
Hちゃんは泣きやまず、話も平行線。

私はピアノのレッスンを休んで
放課後残されることになった。


『親に連絡するんですか?』

『このままだとね』

『私、とってませんけど』

『お互いの話を聞かないとだから』


お互いの話なんて最初から聞く気すら
なかったくせに。

そう思ったけど、
それは口にしなかった。


放課後までの間、
わたしはHちゃんと話すことを
禁じられた。

けどその間もHちゃんは



『奥田さんいつもわたしのバッヂ
うらやましそうに見てた』

『奥田さんってこういうところがあって
私はいつもそれでも一緒にいてあげたのに』



友人たちを捕まえては
休み時間ごとに私の話をしていた。



あること、ないこと。



えーうそ、ひどいねー
うわ、さいてー


教室の隅で聴こえる『噂』に
私は反論すらできないのに。


そうしてようやく放課後を迎えるころには、
私のこころは疲れ切ってた。


職員会議室に
お互いの親を呼ばれ、

うちの母親は入ってくるなり


『このたびは申し訳ございませんでした』


そう言って、相手の親に、頭を下げた。



『ママ、わたしとってないよ』

『ちょっと黙ってて』

『けど、』

『そんな人になってほしくて
その名前を付けたわけじゃないのに』


その言葉は、
何よりもショックだった。


母親は一度も私と目を合わせなかった。
ただ頭を下げていた。

Hちゃんの親が、
『うちの子の勘違いかもしれないので』
と言ってくれてこの話は終わったけれど、


『じゃあ最後に二人とも握手をして、
奥田さんはきちんとごめんなさいを言って
それで、仲直りして終わりましょう』


先生が清々しい顔で、言った。

とってない、って、
また口を開こうとすると、


『言い方がよくなかったのは、わかるよね?
それでHさん悲しくなって泣いちゃったんだよ?
みんなの前で泣かない様に頑張ってたのに』


ね?と、私の手を取る先生の目は、
有無を言わさぬ気迫を帯びていた。

これ以上余計なことをするな、
これで事が丸く収まるのに。


そう言いたげに。



言い方ひとつで、
私の受けた苦痛がなかったことにされるの?

皆の前で気丈にふるまえたから何?
くやしさで一日下を向いていた私は
頑張れてなかったねって事なの?



彼女が付いたうそは?

勘違いで広まった私の悪い噂は?



ねえ、

誰か教えてよ。




『…嫌な、言い方して、…ごめんなさい』




彼女に伸ばした私の手は、
大きくふるえてた。

そんな私の手をぎゅっと握り、

彼女は、言った。



『いいよ、これからも仲良くしてね』



ぞっとした。

微笑む彼女に、
私は恐怖すら覚えた。


けど、そう。
きっとそうなの。


彼女との『仲直り』を拒めば、

私はこれから先ずっと
彼女が広める噂の中で、

『ひどいことをする私』として
皆の中で生きていかなくちゃ
ならなくなるのだとわかっていたから。


それが、
事実であるかなんて、

周りには、関係ないんだ。





だから、




『うん、これからもなかよくして、ね』






- だからは、

その日一人目のを殺した。-







許し許され人は生きているんだろう。



許すのが正義だと、

助けられたこともあるんだろうと、


軽蔑されたり、

悲しい人だ、ひどい人だと、
後ろ指さされることもあるだろう。


噂に翻弄されて
貴方から離れる人もいるかしれない。



それでもあなたは


あなたを殺してまで、

何かを許さなくちゃいけない事なんてないんだと



どうか、知っていてね。