一年前の今日。AM2:00。下腹部に鈍痛を感じ目を覚ます。18日が予定日だったのに、こたまは相変わ

らず下りておらず、子宮口もまったく開いていていませんでした。これは一週間以内に促進剤で出産かな

あと、ぼんやり思っていました。すでに3000gを超えていた こたま。ハハはかなりの恐怖を抱いておりました。「どんだけデカくなるつもりなんだよっ」と。最終判断は医師にまかせるにしても、やはりこたまのタイミングで(これ以上大きくならず)陣痛から自然分娩がいいなというのが、正直なところでした。

18日の検診で「ぜんぜん下りてない」という医師の言葉から、このお腹の痛みは、「前駆か?」と思い、まだまだ大丈夫だろうと寝ることにしたものの、痛みの間隔が短いのが気になりメモをとりだす。


02:27

02:35

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  :46(←02を書くのがメンドくさくなったんだろうな・・・)

   57(←:さえ書くのが嫌みたいね。。。)

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   11 

   18

   25(←ここで最後。眠たくて仕方がなかったらしい)


出産経験者なら分かるであろうメモ。鈍痛を感じてから30分たらずで、すでに5分間隔。「うーん。本には10分間隔になったら病院に行きましょうと書いてあるが、すでに5分間隔なんですけど??」行ったら行ったで、「まだです」と言われて自宅に帰らされるのだけは避けたかったので、痛みが強くなるまで、待つことに。5分間隔でも痛みは生理痛のすこし強いぐらい。まだまだ全然堪えれるレベル。陣痛と陣痛の間は体力を失わないために寝ることに。いや、本当に眠かったんで。メモも眠たさのあまり、書くのを止める(苦笑)。ホントに初産なのかねえ。


AM07:30頃、かなりの痛み。気づいたら、陣痛の間隔は1分間隔に。「これは、間違いなく陣痛だろう」ということで、ケータイで母親を呼ぶ。(実家に帰ってましたが、母親は隣の家にいたもので)タクシーが来るまでに、着替えやら、入院グッズの入ったキャリーを準備。その間もかなり強い陣痛に襲われる。それでもまだ二日前まで下りていなかったので、「まだまだ」と帰されるんじゃないかと思って、きちんと着替える。本当はパジャマでタクシーに乗りたかったんだけど。


AM08:30頃に病院に到着。仮の病室に案内される。詰所がちょうど申し送りの時間みたいで、しばらく放置されるといいうゾンザイな扱い。分娩用の服もなかなか持ってきてもらえず。でも、まだまだこれからなんだろうなあと思ってました。だって陣痛って叫んじゃうぐらい痛いんでしょ??。私はなんていうか・・・軒下の猫??ってぐらいな勢いで、静かにぐっっっっと堪えておりました。なので看護師さんも助産師さんもなかなか来てもらえず。09:00近くに助産師さんによって、やっと内診。そして開口一番の言葉は「分娩室っ」。私「えっ。もう???」


分娩室に運ばれるストレッチャーに自分で移動しなければイケナイのが、めちゃくちゃしんどかった。(涙)「LDRって、やっぱり便利なんだな。。。」と心から思った瞬間。

立会い出産は特にこだわっていなかったけど、生まれた時にやっぱりたまには近くにいてもらいたくて、母親に呼んでもらう。ここで母親、初産だからまだまだ時間がかかるであろうと思い、たまにはゆっくりでいいよ♪的なことを伝える。私たちの自宅から病院までは20分ぐらい。祝日であったため、たまは起きたばっかりみたいだ。それでも着替えて車でこれば充分間に合う距離。


分娩台に上がったら、即「イキんでっっ」と言われる。なんか出産って、「まだイキんじゃ駄目」って怒られるイメージしかなくて、イキんでと言われてもさっぱりワカラナイ。何回やっても上手くイキメないため、こたまの心肺機能低下という言葉が聞こえる。助産師さんの指示でなんとかいきむ。


09:28 「こたま誕生」


正直、頭が出たのも体が出たのもいつかわからず。時間を言われて「終わったんだ・・・」と知った感じ。もちろん胎盤が出たのもわからない。それよりも、こたまの泣き声が聞こえないのにすぐ気付く。生まれた赤ちゃんがすぐに泣かなければ危険なのは、誰もが知っている常識。何回も「泣きましたか?泣きましたか?」を繰り返す。すぐに助産師さんが「泣きましたよ」と言って、こたまを見せてくれた。小さな小さな泣き声。それでも良い。ちゃんと生きてる。泣いてくれた。しかし泣き声からは想像もできないこたまは、3215gのおっきな赤子でした。声だけかわいい。。。


祝日で自宅にいたにもかかわらず、たまは出産に間に合わず。病院に着いたときには、すでにこたまは新生児室でした。陣痛から出産まで7時間半。あれだけ恐怖におののいていた、陣痛と出産の痛みは全く平気。これを安産と言うんでしょう。それよりその後の縫合のほうが、100倍痛かった。本当に辛かった。陣痛と出産までなら何人でも生めそうだけど、縫合だけは思い出すだけでも、涙出そう。


あの日から一年。こたまは一歳になりました。恐ろしくたまにそっくりなこたま。まだ私に似てくれたほうが良かったろうに。。。こたまには、勉強をしっかりさせようとハハは強く思っております。一人でもちゃんと生きていけるように。でもねえ、やっぱり我が子は無条件でかわいいです。どんなにたまに似ていようと。美人になる要素が全くないと分かっていても。(かなりこたまに失礼)


新生児の頃は精神的に本当に辛かった。頼りたいたまは、かなり大きな仕事と学会での発表をかかえていたので(韓国でオール英語で)、まったく頼めず。そんな中で両親に甘えまくり、義両親にも助けてもらいながら、なんとかやってこれました。行ったことのない店はなかなか行きにくいけど、行ったことあるお店ならこたまを連れて、自分の時間を楽しんだりしてます。以前よりは頻度は落ちるけど、ブログもぼちぼちやっていこうと思ってます。


「たまといっしょ」改め「こたまといっしょ~ときどきたまも~」を、よろしくお願いいたします。