きのう、カヤノヒデアキさんと、電話でお話しした。
カヤノさんは、気体で語る人。
もちろん言葉も力強いんだけど、おもしろいんだけど、
彼の本質はそこじゃない。
そこよりも、もっと触れられないもの。
雰囲気とか、揮発性の物質が、最も多く彼を物語る。
だから、彼と話すのは、言葉をやりとりするためじゃない、
ただ、ミストサウナみたいに、それを浴びに行くの。
だから、あんまり、何を受け取ったのか、直後にはわからない。
1日経って、今になって、それがじわじわ効いてきて、
ひどく浄化されるのか、
いま、泣きわめいて家路に着いた。
彼は今、ひたすら人に、インタビュー風の会話をされまくっているのだという。
どうしても、挑戦したいことがあるから。
彼は、
「(自分は)言語化が得意じゃなくて、いつもすっ飛ばして話をしてしまうから、人に伝わらなくて、その飛ばしてしまう部分を、言語化したいのだ」
といった。
そこが、わたしにとっての要の部分だったらしい。
すっ飛ばしてしまう。
そうやって彼は言ったけど、たぶん自覚はないのだと思う。
本人はきちんと伝えているつもり。
けど、伝わらない。
人が聞きたいのは、
彼にとっては当たり前すぎて、言語化するほどの必要性がわからない、
むしろその手法すらわからない、そういう類のこと。
そういうことを、彼は言語化しようとしているのだと思う。
それは、1から10までのことを話すのに、
1を話した後で、8に飛んでしまうから、
その2から7までを埋めたいみたいに聞こえるけど、
ほんとはもっと複雑なこと。
たとえば。
自分が海に投げ出されたと思ったら、
対岸にいる人に
「ねえ、そこから、塩持ってきて」
って言われるみたいな。
いわたまさんの、この感じのイメージ
海から塩もってこい
きっと彼もアートの海を日々泳いでいるのだと思う。
たとえば、
どこかの鉱山につれてこられて、
「さあ、ルテニウム取り出して」
って言われるような。
(ルテニウムは鉱山にあるの?しらない)
あって当たり前のものを、分解して、わかりやすく見える形にする、みたいな。
そもそも彼は気体なのだ。
霧の中で、形ある何かを取り出すなんて、そんな無茶なこと、
簡単に言い出せるだろうか。
だけど、彼は、そこに今向かっている。
当たり前すぎる何かを、形にしようとしている。
アメーバみたいな肉体を持って、
ギスギスするほどの確かな固体を生み出そうとしている。
それは、恐ろしいことだ。
伝わろうとする、誰かに理解されようとする、
この、根幹の部分を、表現しようとするその姿勢は、
わたしにとって、とても恐ろしいことなのだと
1日経ってみて気がついた。
わたしの深いところから、
「伝わりたくない」
という、か細くて厚い声が聞こえる。
「伝わりたくない、伝わるくらいなら、死んだほうがまし」
「あんなに伝わらなかったのに、今さら伝わるはずがないでしょう」
「あんなに願ったのに、伝わらなかった。その悲しみと、苦しみが、わたしをここまで押し出した。全て台無しにするつもり?もう伝わるはずなんてないんだから」
それでも、しっているのだ。
わたしは、どうしても伝わりたい。だから、ずっとここにしがみついてきたのだ。
一瞬たりとも、手放すことなどできなかった。
わたしはどうしても伝わりたい。
溶け合うように、わかりあいたい。
もう、向き合うしかないのだ、ここに。
ああ、伝わりたい。
伝わって、簡単に幸せになりたい。
でも、いやだ。全部なくなってしまう。
ああ。
もう、委ねるしかない。