お見合いの話もこのあと、また続きますが、今日は、15日なので父の話題を。

今日で父の旅立ちからちょうど半年がたった。
早かった。

本当は、月命日のご住職のお参りがあるのだが、お寺は、毎年この時期、三日間「報恩講」
がつとまる。

お寺の班は、隣組とは別に、また別の班編成が組まれている。
六年に一度御飯炊きに駆り出されるのだ。春と冬。
もうこれがいやでいやで・・・。


11月末に喪中はがきを出し、知らせなかったいとこなど親戚からお供えものが送られてきた。

父と同い年のいとこ。昔は、裏に住んでいたそうだ。
お礼の電話をすると、いとこの娘さんが出られた。
この娘さんは、私より一回りほど年上なので、私の知らない、うちの祖父のことを覚えているという。この娘さんが小さい頃はまだ裏に住んでいた。

祖父は、うちの父によく似ているとのこと。

父と同じ年のいとこは、早くに父親と死に別れ母一人、子一人で、祖父は不憫に思い、その親子を自宅裏に住まわせ面倒をみたと言う。この話は、父からも聞いた。一人っ子ゆえ、毎日うちの家に遊びに来ていたそうだ。

父と近所に住むいとこ達は、まるで兄弟のように育ったのだろう。
タメ口なのは、親しさ故か?


父と同じ年でも女性は、まだまだ元気。
この父のいとこのおばちゃんは、昔、子宮外妊娠で輸血からC型肝炎になったと聞いているが、長生きだと思う。

電話で話した娘さんは、「お宅のお父さん、なんでも出来る人やってね。賢い人だったと母から聞いているよ。でも偏屈やって・・・」

その通り。父は、偏屈なのだ。たいへん器用な人で職人気質というか・・・。
祖父のあとを継ぎ、親戚を引っ張ってきた。
残念ながら娘から見て、決して賢い人ではなかったけれど・・・。

こう言ってもらえて父も喜んでいると思う。

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父の死去を知らせなかった親戚などから送られてきたお供えの数々。ありがたい。中はまだどれも開けてない。
左の一番上の赤い包装紙は、姉からケーキ。