act.5 進行と逆行 11 | もしも君が迷ったなら

もしも君が迷ったなら

思いついた言葉を詩に。思いついたストーリーを小説に。

 不意に誰かに右手を掴まれ、引き寄せられる。
「捕まえた」
 頭上で声がした。抱きしめられ、身動きが取れない。
「どうして……」
 優子は小さく呟いた。
「え?」
「どうして……死なせてくれなかったの……」
 その声はあまりにも小さすぎて、か弱かった。だけど翼の耳には十分聞こえていた。
「どうして……」
 壊れたように呟く優子の頭を優しく撫でる。
「もう大丈夫だよ。大丈夫」
 その言葉にようやく優子の瞳から涙が溢れ出た。



 バタバタと足音が近づいて来ることに翼が気づく。追いかけてくるメンバーを見て、翼はようやく優子の言動の理由が分かった。
 恐らく彼女は、過去のことを思い出してしまったのだろう。
 ふと腕に重みがかかる。どうやら優子は精神的疲れから眠ってしまったようだ。
「優子!」
 一番に駆け寄ってきたのはやはり健太だった。心配そうに優子をのぞき込む健太に、翼が声をかける。
「大丈夫。気を失ってるみたいだ」
 そう言うと、ホッと安堵の溜息を漏らした。
「とりあえず彼女を保健室へ連れて行こう」
 翼はそう言うと、優子を抱き上げて保健室に向かう。それに付き添って健太も松葉杖をつきながら翼を追った。
「どうしたらいいの?」
 取り残された真由子は隣にいる由美に呟いた。
「あたしたちも行こう」
「でも……高村が……」
 真由子はそう言って、そこから動こうとしない。見かねた由美は真由子の手を取った。
「大丈夫だよ。翼くんがいるから、きっと何とかしてくれる。だから行こう」
 何でそんな言葉が出たのか由美自身もよく分からない。だけど、きっと翼なら上手く事を運んでくれる気がした。
「分かった……。行こう」
 真由子はようやく顔を上げ、保健室に向かった二人を追った。

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