9月26日午前2時25分、移植病院から連絡がありました 。

突然の真夜中の電話。
ドナーがみつかりました。どうしますか?
ただただビックリ、あわててしまい
すぐに折り返し電話しますと言って、主人を起こして 、その事を伝えたら『行こう』と、
で、電話して手術受けますと答えました。
すぐ出発かと思ったら朝、コーディネーターからの電話で説明受けてくださいとのことで
電話を待って午前6時コーディネーターさんからの電話で説明を受けてそのままむかいました。
本当になんの前触れもなくいきなりだったので道中もどうなるのだろうという不安とこれで酸素生活から抜けられるという期待、両方あったと思います。
 
この頃の私の状態は酸素5リットルではもう無理で次の7リットルの濃縮機に交換の段階でした。
日常生活もまともではなかったです。
身の回りの事をするのが精一杯で(最低限の事しかできなかった)
ほとんど主人の介護により生活してました。
トイレ以外はほとんど動かず、ずっと座ったままの状態、食事もお腹すいたらあるものを適当に食べて、また座ってぼーっとしてるような毎日でした。
私は精神障害もあるので引きこもりもあり、まわりからみたら本当にひどい生活が続いていたと思います。
全く前向きになれず、移植にかんしても半分以上諦めていました。
酸素を吸ってても苦しい、なにをするのも苦しい時期が続いて、もう苦しいのは嫌で、リハビリにも行かなくなってました。
全ての嫌な事から逃れたかったです。
今年の冬越えれるかな?後どれくれい持つだろうと命の終わりを感じるようになってました。
おおげさでもなく本心でした。
 
それが一本の電話で全てが一変しました。
 
病院に着いたのは約6時間後の昼過ぎでした。
そこからは私自身の記憶はほぼないのですが、後から聞くことによるとすぐに色々な検査をして、ドナー肺とのクロスマッチで一項目あわないということで、ICUに入り血小板?の交換?なんか透析みたいなことをして手術できる状態になったようです。
 
9月27日午前7時すぎ手術室へ。
手術室へ入る前に主人に行ってきますと言ったそうだけど記憶なし。
手術室では現実かどうかは定かではないけれど
主治医の先生の『はじめます』だったかな?の言葉になんの迷いも不安もなく先生の顔を見て「よろしくお願いします」と答えたのは覚えてます。
それが次に目覚めるまでの最後の記憶です。
 
手術室へ入ってから約10時間後右肺移植手術成功で、手術室からでてきたそうです。
手術室からでてきた時は麻酔などで意識朦朧だったようです。
私は全く覚えてません。
後にコーディネーターさんの話しによると
「ご主人さん、手術中座ることなくずっとたって待ってましたよ」と教えてくれました。
ほんとにほんとに先生方、看護師さん、家族、他色々な皆からのサポート受け手術できたこと、
一番に肺を提供してくれたドナーさんに、ようやく1ヶ月がすぎ考える余裕ができるようになり今はただただ感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございます。
 
つづく