切迫早産で安静となり、同居をはじめてからというもの、
夫の態度は明らかに変化していました。

パグには別れの手紙を書いて、関係を断ち切ったようで、
会ったりする素振りはなく、帰宅も早くなり、休日もほぼ出かけず、
その分の時間を家事などに費やす様になりました。


そして何より変わったのが、今まで堕ろしてほしいと望み、興味をもてないばかりか、
存在そのものを否定していた赤ちゃんに、興味が出てきたことです。

予定日と性別を聞いてきて、今までのエコー写真を手にとって見ていました。
休みをわざわざ取ってまで健診に付き添うようになり、両親学級にも参加しました。
出産準備を手伝うようになり、赤ちゃん用品を買い出しに行くようになりました。

待ち望んでまではいなくても、子供が生まれることを拒否する様子はなくなりました。


これは私にとっては嬉しい変化でした。

今のままではたとえ子供が生まれても、夫は何の自覚も責任も持つことなく、
関わることすらしないのではないかと、少なからず危惧してしていたからです。

私達の間がどうなろうとも、子供には父親として、しっかり関わって欲しい。
私への愛情はなくても、子供へは愛情を持って欲しい。
それは妊娠がわかってからずっと望んでいたことでもありました。


そんなある日のこと、夫からある提案がありました。
私の両親に会って謝罪したいというものです。

今回の不倫発覚から、夫は私の両親に会うことがなくなりました。
妊娠が分かった後に、心配した両親が今後について話を聞きたいと呼び出した際も、
「話すことはないから」と頑なに呼び出しに応じませんでした。

そんな両親を避け続けた夫が、自ら会うと言ってきたことは、私には驚きでした。


私の両親は今回の一連の騒動で、夫へ怒りを覚えると共に信頼を一気になくし、
再三の呼び出しにも応じず、逃げ続ける夫に愛想を尽かして見限っており、
もう出来るだけ関わりたくないと話していました。
私を任せてはおけない、シングルなら可能な限り助けるからと、離婚も勧めてくるほどでした。

そんな両親に夫が会いたがっていることを伝えると、
あまりいい顔はしませんでしたが、私のためにと会う機会を作ってくれました。


当日、夫は不倫騒動で騒がせて迷惑をかけたことを謝り、
今後は家族のために頑張っていきますと両親に頭を下げました。

両親は多くを語らず、淡々と周りの信頼を取り戻すのは容易ではないこと、
子供には罪はないので、親になる自覚を持って責任を果たして欲しいこと、
今後のことは私と2人でしっかり話し合うこと、を伝えました。

私と同様かもしくはそれ以上怒っていて、その怒りをぶつけたかったに違いない両親でしたが、
言いたいことを堪えて最小限なことだけ伝え、あとは笑顔で過ごしてくれたことに、
私達夫婦のことで、ここまで迷惑をかけてしまい、申し訳ない思いで一杯になりました。


パグとは関係を清算し、両親にも謝罪した。
子供のことも少しずつ受け入れようとしている。
夫なりのケジメだったのだと思います。

夫の言動には、少しずつですが今後の決意が表れるようになりました。
和解か判決かの決断を迫られた私は、ヒナコさんと今後の方針を相談することにしました。
ヒナコさんは、どちらを選ぶかは私次第ですと言っていました。

とりあえず和解で話を持っていき、不成立なら判決へと進む形でもいいし、
初めから提案を突っぱねて判決にいき、パグを法廷に引きずり出すでもいいとのこと。
勝てる戦なので、私が一番納得いく形にしましょうと言ってくれました。

ゴトー先輩にも相談したところ、裁判になった記録は和解でも残るため、
今後の相手の将来を考えると、相手への制裁はそれで充分行えているだろう、
相手が条件を飲むのなら和解の方がメリットがありそう、と言われました。


また、私には判決にいく際の不安材料がありました。

判決では必ず出廷して顔を合わせないといけないのですが、
パグに会うことで余計な精神的ストレスがかかるだろうということ。
また現在切迫早産で安静を余儀なくされているため、出産後に出廷することになり、
裁判の結果が出るのが予定よりだいぶ遅れてしまうこと。


私にとってお腹の子は何より優先されるべきもの。
出来れば出産前に全てカタをつけて、心置きなく出産を迎えたいし、
赤ちゃんの世話をしながら裁判に行くことは、かなり負担が大きすぎます。
特に今更パグに会いたいわけでもない。


そこで幾つか条件をつけた和解に持っていくこととし、以下の条件を設定しました。

⚫️不貞行為を認め、謝罪する文言を和解書に盛り込む
⚫️今後は夫との接近を禁止し、個人的な連絡も一切とらない
⚫️慰謝料は下げるが、一括で支払い、かつ別に裁判費用も支払う
⚫️以上が守られない際は、違約金を追加で支払う


次回裁判の前に、条件のすり合わせは弁護士同士で行えるため、
ヒナコさんからパグの弁護士さんに直接連絡を取ってもらい、
この条件の和解を飲むつもりがあるか確認してもらいました。


そして数日後、パグ側からきた返答は…


「不貞行為は認め、慰謝料も減額するなら提示された額を一括で払う。接近もしないし、違約金の件も了承する」


という、ほぼこちらの希望が通り、
今までからするとかなり譲歩された返答がきました。
特に慰謝料に関しては、すんなり払うとは思えなかったので意外でした。

ただし、1つだけ飲めない条件があるとのこと。
それは…


「不貞行為を謝罪する」


ということでした。
どうしても和解書にその文言はいれたくないとのこと。


この時点でも謝る気、一切ナシ!!


久しぶりに腹立たしく思いました。
この段階でも不倫相手の奥さんに悪いことをしたとは思っていないようです。
夫にはどーでもいいことに関して、しょっ中謝っていたくせに。

むしろ私はこの条件が1番かつ絶対なので、これはどうしても外せません。
きっと世の中のサレ妻さんも、これには共感してくれるのではないでしょうか。


この条件が飲めない限り、和解は困難で判決もやむを得ない…
パグの返答を聞き、長期戦となる判決を覚悟しました。
第三回口頭弁論が終盤に差し掛かったところで、
裁判官から双方にある提案がなされました。


和解勧告です。


裁判が進み、主張と反論がある程度なされた時点で、
裁判は和解か、判決かに進むことになります。


和解はお互いに条件に折り合いをつけて合意する形で終わらせるものです。
和解が成立したら、和解書にその内容が明示され、裁判所の判子が押されて文書として渡されます。
条件に関しては、お互いが納得すれば金銭面以外でも好きな条件を設定することができます。

判決は和解ができない場合、裁判がそのまま続けられ、
尋問を経て、最終的に裁判官による判決が出されて終わるものです。
判決になると必ず原告、被告共に本人が出廷して尋問を受ける必要があり、
条件などは一切つけることはできずに、慰謝料の額だけ通達されることになります。


和解でも判決でも、出された文書には法的な効力を持ち、
慰謝料が払われない場合は、差し押さえなどを行うことが可能です。

裁判官の立場からすると、大抵和解を強く勧めてきます。
というのも、今は離婚や不倫の裁判が年々増えてきていて、似たような事案が多いことや、
判決までいくと、原告と被告の両方の主張文書を再度細かく読み込んで結論を出す必要があり、
裁判官の負担も大きくなるため、避けたいという心情があるようです。
簡潔に言うと、和解で手っ取り早く終わらせたいのが本音でしょう。


そこで裁判管からの提案として次回までの課題として以下のことを言われました。

⚫️判決でも請求額の慰謝料を出すのは難しいと思われるため、額を少し下げるよう検討すること。
⚫️どんな条件であれば、和解に応じるつもりがあるのかを考え、まとめてくること。
⚫️判決を望むなら、他にもある証拠を全てまとめて次回提出すること。

そしてパグ側にも、払える慰謝料の提示額を引き上げるように話がいったようです。
さすがに提出額では相場より低すぎるからと。


ここが裁判の一つのヤマになるでしょう。
どちらを選択するかで、今後の動きが大きく変わるからです。

こうして裁判の岐路に立たされた私は、次の選択をどうするのか、考える時期にきていました。
切迫早産の最中に訪れた、第三回口頭弁論。

今回は被告(パグ)側の反論に対して、原告(私)が反論することになります。
事前にヒナコさんに事実関係や証拠について幾つか聞かれており、
それを基にヒナコさんが出廷して反論を行ってきました。


パグ側
⚫️夫婦関係の破綻を信じていて、離婚すると騙されていた。不貞行為に積極的なのは夫だった。
⚫️離婚していないのに、慰謝料の額が高い
⚫️不貞行為は証拠がある2回のみ、期間も2ヶ月以内と短い
⚫️メールは不貞行為の証明にならず、仲の良い同僚の冗談交じりのものだった


私側
⚫️不貞行為前は夫婦仲は良く、離婚話は出ていなかった。パグが離婚を心待ちにするなど、自ら主体的に不貞行為を進めていた。
⚫️不貞行為により夫婦仲は悪化し別居に至っている。離婚話も出始めている。額は妥当。
⚫️別れた後も何度も会っているなど、悪質性も高く、期間も約1年に及んでいる。
⚫️メール文面からも恋人が送り合うような内容であり、同僚の域を超えている。

などという、やりとりが文書と口頭でなされていたようです。


私が今回初めて裁判を体験して知ったこと。
裁判では弁護士さんが平気で嘘をつく(語弊あり)ことがあります。
あくまで個人の見解ですが。

誤解を恐れずに言うと、裁判では証拠がないものに関しては、
事実であっても嘘だと言い張ることが出来、逆もまた然りということです。
要は証拠があって始めて、事実とも嘘とも認められるのです。

ただ全ての言葉、行動に正しいと証明できる証拠なんてありません。
例えば「⚪️⚪️が✖️✖️と言った」と主張したとしても、
それを録音したテープがあったり、当事者がそう証言したり、といった
客観的に分かる証拠がなければ、言ったかどうかを第三者は判断できません。

そこでそういった確固たる証拠がないグレーなものに関しては、
事実と認められない代わりに、嘘だとも言い切れないので、
言ったもん勝ちで言うことがあるのです。
事実とも嘘とも判断できないものでも、心象的にプラスに働く可能性があるからです。


パグと夫が密会したのを目撃した事件でさえ、
「会えたね」というメールがあったから良かったですが、
あれがない場合、パグが会っていないと頑なに主張していれば、
いくら私も夫もパグも弁護士さんも、皆が実際に会っていたことを知っていても、
会っていたとは認められなかった可能性があるのです。

明らかに事実と違うと当事者やその弁護士さんが分かっていても、
証明できないと踏んで、敢えてそれを知らないふりして、事実と言うことがあるのです。

全ては裁判に勝つために。


嘘だと知りながらも本当だと言い張り、それを押し通すことなんて普通にあり、
弁護士であっても、法廷で全てバカ正直に話す訳ではないのだと知りました。

裁判では証拠が全て。
それを心底実感させられました。


さて、今回である程度双方の主張が出尽くし、議論が十分になされたと判断されました。
そして裁判官からある提案がなされたのです。
沢山のストレスを抱えながらも、無事に安定期を迎えていた私ですが、
別居を始めてから、体調にある変化が見られるようになりました。

動くとすぐにお腹が張るようになったのです。


ウィークリーマンションに滞在しながら、やることに追われて過ごす毎日は、
心も体も休まる時がほとんどなく、気を張った状態が続いていたようで、
私の想像以上に体にも気持ちにも負担がかかっていました。

仕事へは何とか行っていましたが、家では張りが辛くて動くことが出来ず、
倒れこむようにご飯も食べられず寝てしまう日が続きました。


そんな中で迎えた妊婦健診。
診察を終えた先生から、一言こう言われました。

「切迫早産だね」

一瞬何を言われたのかわからず、困惑しました。
あまり良くないんだろうか、お腹の子は無事なんだろうか。
一気に不安が押し寄せてきました。


先生はそんな私に更にこう説明を加えました。

切迫早産とは早産に至る可能性が高い状態で、今生まれてしまうと赤ちゃんが危険なこと。
お腹の張りはその兆候で、今の時期の私にはあまり良くないこと。
このままの生活を続けていくと、最悪赤ちゃんを助けられないこともあること。
今日はこのまま入院して点滴を行い、その後は自宅療養で安静にする必要があること。
それでも悪化するなら長期入院になること。

今後しばらくはトイレ洗面のみ可、それ以外は横になって過ごすように言われ、
仕事もドクターストップが出てしまいました。


自分が家を飛び出し、無理をしてしまったために、
私だけでなくお腹の子供も危険に晒してしまっていることに、
申し訳ない気持ちで一杯になりました。

お腹の張りが強くなっていたのは、お腹の赤ちゃんからのSOSだったのです。
お腹の中の赤ちゃんも、今の状況が心配で仕方なかったに違いありません。

私はどうなってもいい。ただこの子だけはどうしても助けたい。
唐突に突きつけられた宣告に、目の前が真っ暗になり、
不安と恐怖で涙が止まらない状態のまま、入院となりました。


入院にあたり、夫に状況を報告。
いきなりの連絡に、夫は必要な荷物を持ってすぐに駆けつけてきました。

そしてその時初めて赤ちゃんをエコーで確認し、
予定日や性別などを聞いてきました。
「助かって欲しい」と憔悴した様子で話していました。


2日後に何とか退院できましたが、これから先も油断を許さない状況の中、
夫は私に改めて家に戻るように言いました。

心配でどこにいるか、何をしているか分からない状態で過ごしたくない、
日中は家に誰もいないし、ゆっくり休むことができる、家事は夫がやってあげられる、
どうしても一緒の空間にいたくないなら、夫が出て行くからとも言われました。


今優先すべきなのは、私の感情よりも赤ちゃんの命。
病院からも近く、慣れた自宅で、夫の助けを借りて過ごす方が環境的に良いのは明らか。
何よりここで無理をして、後悔はしたくありませんでした。

そこで不本意ではありましたが、赤ちゃんのことが落ち着き、出産を迎えるまでは、
一時休戦として別居を止め、家で安静に過ごすことにしました。
意地を張って今の生活を続けることで、赤ちゃんを危険に晒したくない。
焦って離婚を成立させて、未婚状態で出産する必要もない。
一緒にいたくなければ顔を合わさず、パグの所に夫を追い出したっていい。
子供のためにも図太くならなければ。


この時の私には、赤ちゃんよりも大事なものは何もありませんでした。
この時の私には、赤ちゃんを失うことが、何よりも恐ろしいことでした。
不倫騒動が勃発してからというもの、私は夫の言動に振り回される日々を送っていました。

1回目の別居の際も、再同居した際も、夫がパグとまた浮気していないかが気になり、
不安から疑心暗鬼となり、行動を無意識に監視していた所がありました。

しかし今回の密会を目撃してからは、憑き物が取れたように、
夫の言動を気にし過ぎることがなくなり、期待をすることを止めるようになりました。
パグと別れて私の所に戻ってと願うこともなくなりました。


誕生日に久しぶりに再会した夫は、そんな私に対して不倫を認める誓約書を渡すと共に、
不倫について謝罪し、以下のことを言ってきました。

⚫️パグとは別れ、今後は家族である私と子供だけを大事にしていきたい。
⚫️もう逃げないから、やり直す最後のチャンスが欲しい。これからの自分を見て欲しい。
⚫️私の体が心配だから家に戻って欲しい。

これは正直、私にとっては意外な言葉でした。


今まで不倫について話が及ぶと、不機嫌になってしまい、蒸し返すなと怒った夫。
その場限りの嘘を重ね、取り繕うために謝っては、すぐに水面下で復活してきた夫。
私や子供への愛情はなく、存在を見て見ぬ振りをしてきた夫。

そんなプライドが高く、非を認めず、逃げ続けてきた夫が、
初めて自分から不倫について話をし、非を認めて謝り、今後について明言してきました。


そして今までは決して話さなかった、不倫の経緯や実家での話し合い内容、裁判について、
今までの自分の気持ちや考えの変遷などを、自主的に話をしてきました。

目を見て、自分の言葉で話をしてくれたのは、本当に久しぶりでした。
この時の夫は、私に対して嘘はついていないと、不思議と確信できました。

そこで私も、不倫で辛かったことや、どうして裁判を起こしたかなど、本音を伝えました。
夫は聞きたくないであろう私の本音にも、きちんと耳を傾けていました。


こうして私が離れたことがキッカケとなり、不倫から約1年かかってようやく、
夫婦間で本気で向き合って、話し合いを持つことができたのです。


ただ話し合いは持てたものの、すぐに夫の言動を信じることはできません。
数々の裏切りはそう簡単には消えません。

別居はしばらく続け、今後についてはまた改めて考えると伝え、この日は別れました。
夫とパグの密会が発覚してから始めた別居。

ビジネスホテルからウィークリーマンションに場所を移してからも、
私宛の夫からのメールや電話は、相変わらず毎日きていました。

弁護士を通してと頼んでも、弁護士に連絡することはせず、
離婚や調停などの話をする訳でもなく、
ただ毎日私とお腹の子供を心配する連絡をよこしてきました。


単純に夫が不思議で仕方ありませんでした。
パグが癒しとか、パグが必要だから頑張るとか、歯が浮くような台詞を言っていたのに、
何故離婚や中絶したがっていて、存在を否定していた私と子供に対して、そんなに固執するのか。
今更私や子供の心配をする意味があるのか、本当に理解出来ませんでした。

パグが必要で別れられないなら、そっちにさっさといけばいいのに。
別居や離婚は夫が望んでいたことなのに。
望んだ通りに事が進んでいるはずなのに。


それとも不倫が続いていたことがバレたことにより、
離婚条件が不利になるのが、そんなに嫌だったのか。
でも続いていようが、別れていようが、有責者なのは変わりないので、
そこまで条件が一気に変わる訳でもない。

夫の言動は私の理解の範疇を超えていました。


そんな別居生活の中で、私は自身の誕生日を迎えました。
例年は夫と過ごして祝ってもらっていましたが、
この年は当然そんなことは考えられず、いつも通りに過ごすつもりでした。

しかし誕生日が近づくと、夫からお誘いの連絡が度々入るようになりました。
「大切な日だから、お祝いさせて欲しい」
「美味しいお店見つけたから連れて行きたい」
「迎えに行くから、戻っておいで。一緒に過ごそう」

夫の言動は私の理解の範疇をとうに超えていて、二重人格ではないかと真剣に疑いました。


今更一緒に過ごしたところで、何の楽しみもなく、祝われても複雑なだけ。
しかしそんな私の気持ちを知ってか、更に追い討ちが。
「花音に渡された誓約書も書いた。今後についても直接話したい」
「パグとは清算することにした。そのやり方も見て花音に納得して欲しい」

理由をつけて、会おうとする作戦に出てきた様子。
正直なところ、直接会って話すのはもう避けたかった気持ちがありましたが、
逃げるように出てきたため、夫の言い分も何も聞いていない。
話し合いを避け続けて、私から逃げ続けてきた夫が、初めて自分から今後について言及してきた。
その変化は、今までとは違うというのは感じました。


そこで私は夫の申し出を受けて誕生日を一緒に過ごすことにしました。
ディナーはお洒落なフレンチで美味しく頂き、私の好きな花が入った花束をくれました。

いつも以上に笑顔で饒舌な夫。
想像していたよりは、穏やかに楽しく過ごすことが出来ました。
側から見たら、お腹に赤ちゃんがいる仲の良い夫婦にしか見えないでしょう。


夫は約束通り、私が裁判の追加資料のためにと突き付けた誓約書を、記入して渡してくれました。
そこには不貞行為を認め、慰謝料を払う旨が書かれていました。

ここまでさせたことに、ほんの少しだけ心が痛みました。
私はこの人のことが、本当に好きだったし大事だったんだと思い出し、
どうして、いつからこんな風になってしまったんだろうと悲しくなり、
これから先、お互いに傷つけ合いながら別れるのかと思うと切なくなりました。


昔に戻れたら、もっと違う道を選択できたかもしれないのに、と思わずにはいられませんでした。
結婚前に戻れたら…不倫前に戻れたら…
そんなことを考えても無駄だと分かっていても。

来年からはもう一緒に誕生日を祝うことはないでしょう。
それをお互いに感じていたこの年の誕生日は、
少しだけ切なさや寂しさが入り混じったものとなりました。
女子会から2週間が経った頃、
カイちゃんの知り合いに紹介してもらい、初めてカウンセリングに行くことにしました。

あまり馴染みがなく、少し不安というか、躊躇する部分もありましたが、
こんな機会がないと体験することもないだろうと、扉を叩くことにしました。


紹介してくれたカウンセリングの先生は、ラコステ先生と言って、
ケンタッキーのカーネルおじさんとハリーポッターのダンブルドア先生を足して、2で割ったような、
柔らかい雰囲気を醸し出している、ナイスミドルなおじさまでした。

もともと自分の気持ちを上手く話すのが苦手な私。
何からどう話そうか、逡巡していると、ラコステ先生はノンビリとこう言いました。


「順番とか気にしなくていいよ。綺麗にまとめなくてもいいよ。ただ話したいことだけ、聞くよ」

その言葉に背中を押され、今まで我慢していた言葉たちが、次から次へと出てきました。


不倫をされ、私の存在が否定されたように感じ、自分を責めていたこと。
夫に戻って欲しくて頑張ったけど報われず、期待しては裏切られて傷ついたこと。
夫や家族に責められたように思えて、孤独を感じていたこと。
本当は感情的に怒ったり、悲しんだりしたいし、それをぶつけて受け止めて欲しかったこと。
感情的になると、余計に離れてしまう気がして、必死に感情を抑えていたこと。
私の気持ちを分かって欲しくて、受け止めて欲しかったこと。
子供が出来ても、夫と同じ方向を向けず、堕して欲しいと言われたことを根に持っていること。
…などなど、自分の気持ちを思いつくままブラックなことまで正直に話しました。


ラコステ先生は話をウンウンと聞いてくれ、話が終わった後に笑顔でこう言いました。


「あなたは随分と耐久力がある人ですね〜」

「自分のことより周りのことを気にし過ぎてしまうようですね。よく頑張りましたね」

「自分なりに事実を受け止めて、現状を変えようと実際に行動に移せているのは、とても良いことだと思いますよ」


その言葉たちに、私はずっと頑張って我慢していたんだ、と涙がとめどなく溢れてきました。

私はきっと誰かに自分を肯定して欲しくて、認めて欲しかった。
あなたは間違ってないよと、誰かに優しく言って欲しかったんです。

ラコステ先生の温かい言葉に触れ、私はそのことにようやく気付きました。


カウンセリングを通して、自分の気持ちを見つめ直してみた結果、気付いたことは、
結局のところ、私が頑張って再構築のために努力してきたことは、
夫のためや夫婦関係改善のためなんかではなく、
それによって見返りを期待していた私自身のためだったということでした。

「こんなにしてあげたのに!」と勝手に怒って、勝手に傷ついていただけで、
そこに相手の意志はなく、再構築を押し付けて独りよがりになっていました。
相手に変わって欲しい、と求め過ぎていたんだと思います。

でもそれでも、今までの行動が結果を伴わなかったとしても、
気持ちに蓋をしたり無視したりして行動するのを抑えることをせず、
解決のために考え、行動に移せていることは素晴らしいと評価してくれたのは、
自己肯定感が低くなっていた私に、自信と勇気を与えてくれました。


カウンセリングの1時間、ずっと泣き続けて、ずっと話し続けて、
終わった後は、体に巣食っていた膿を出せたような、爽快感がありました。

頑張らなきゃ!と常に自分を追い込むことで、現状に立ち向かうエネルギーを得ていましたが、
少し力を抜いて、周りの力を借りながらゆっくり進めていってもいいのかなと
そう、思えるようになりました。

ラコステ先生のカウンセリングは、私に自分の性格を見つめ直すキッカケを与えてくれ、
人の優しさや温かさというものを、改めて気付かせてくれました。

夫の不倫騒動が勃発してから、私はあまり友人と会わなくなりました。


裁判などで時間を取られるということに加え、気持ち的に落ち込んでいたので、

何事もないように友人と遊ぶ気になれず、必然的に1人で過ごすか、

事情を知るゴトー先輩やバービーちゃんと会うのみになりました。



そんな中、数年振りに2人の友人からご飯のお誘いが入りました。

ご飯に行った友人は、独身時代に女子会と称し、時折飲みに行っていたカイちゃんとロンちゃん。

夫とは離婚寸前という、状況が状況なだけに行くのに躊躇しましたが、

逆に今がいいタイミングかも、と思い直し、女子会に参加することにしました。



カイちゃんとロンちゃんに会うのは本当に久しぶりでしたが、

空白の時間を感じさせない位、話は盛り上がりました。

昔からお互いに取り繕ったり、隠したりすることなく、自分のことを正直に話す間柄。

人の話には真摯に耳を傾けるけど、人が踏み込んでほしくない所は察知して踏み込まないでいてくれる。

そんな、人への気遣いも自然で、距離感も適切に取れる、心地の良い関係です。


だからでしょうか。

不倫については話すつもりはなかったのですが、ふと話して頼ってみたくなりました。


私は基本的に交友関係は広くなく、自分のことを話すのが苦手で、ドライだと言われます。

相談は得意ではないため、渦中にはあまり悩みとして話すことが出来ず、

ある程度落ち着いてから、事後報告として話すことが多いです。

人の意見に左右されるのが怖く、巻き込むのが嫌だという気持ちがあるからだと思います。


でも不思議とこの時は、リアルタイムで話してみたくなりました。


報告ではなくて、相談してみたくなったのです。

今思えば、私自身も色々と限界で、頼るキッカケを探していたのかもしれません。

私にとって、この時期に理由もなくする相談は、大きな勇気を伴いました。



カイちゃんとロンちゃんは、私の話に驚きはしていましたが、自然に受け止めてくれました。

辛かった気持ちを共感してくれて、今辛いことを話したということを評価してくれました。

そして彼女たちらしく力を貸してくれました。


精神的なフォローのために、知り合いのカウンセリングを紹介してくれ、お薦めの本やブログを教えてくれました。

また少しでも心休まる時を過ごして欲しいと、家で飲めるドリンクをプレゼントしてくれました。

そして必要と感じた時は、どんな時でも気にせず連絡をして欲しいと言ってくれました。


肩の荷が少し降りたように感じました。

素直に助けて欲しいとお願いすることで、救いの手は差し伸べられるものなのですね。


1人ではカウンセリングを探していこうとか、本を読んでみようとか、思わなかった。

1人で考えて行動することも大切ですが、誰かに助けを求めることで、新たな行動に繋がることもあるのだと実感しました。



実際にこの女子会から、物事が加速して終息に向かっていくのです。

私にとってはこれは運命を左右する女子会と言っても過言ではありませんでした。