(要旨)
・アベノミクス以降の景気は、不思議なことが数多く起きています。
・世の中に資金が出回らなかったのに景気が回復したこと、円安なのに輸出入数量が変化していないこと、ゼロ成長なのに雇用情勢も企業収益も絶好調であることなどは、専門家たちも、説明に困っているようです。筆者も結構困っていますが、筆者なりに何が起きているのか説明していきましょう。
・とにかく、アベノミクスで景気は回復しているので、海外で何事もなければ景気の緩やかな回復がしばらく続くでしょう。

(本文)
・金融緩和の偽薬効果で景気が回復
 経済学者のなかには、「金融緩和をすれば世の中にお金が出回って、それがデフレを終わらせ、景気を回復させる」と考えていた人がいました。「リフレ派」と呼ばれる人々で、黒田日銀総裁もその1人です。しかし、実際には世の中にお金が出回ったわけではないので、彼等は間違っていたことになります。
 一方で反対派は、「ゼロ金利の時に金融を緩和しても景気は回復しない」と主張していました。しかし、実際には金融緩和により株価やドルが値上がりし、それが景気を回復させたので、彼等も間違っていたわけです。
 「金融が緩和されれば世の中に資金が出回ってドルや株が値上がりする」と考えた投資家がドルや株を買ったわけで、それが景気を回復させたのですが、これは「偽薬効果」とでも呼ぶべきものでしょう。医者が患者に「良い薬だ」と言って小麦粉を飲ませると、「病は気から」なので治ってしまうことがある、というのと同じです。本来は金融緩和をしても世の中にお金が出回らないのだから、株やドルが高くなるわけでも景気がよくなるわけではないけれども、人々が株やドルが高くなると信じたことで、目指した成果の一部が実現したわけです。
 このあたりの経緯に興味のある読者は、2013年8月の拙稿「アベノミクスと為替相場(http://www.tsukasaki.net/report/report1308.html)」御参照下さい。

・円安でも輸出入数量は変化せず
 1ドルが80円から120円に変化したのに、輸出入数量にはほとんど変化しませんでした。円安になった当初は「企業が円高期に工場を海外に移転したから」という説明がなされていましたが、さすがに円安が始まって3年も経つと、この説明では不自然でしょう。円安なのですから、海外の工場で生産している数量を減らして国内工場の生産量を増やせば良いからです。
 実際には、日本企業が「再び円高に戻るリスクがあるので、生産を国内に戻す決断が出来ない」といった要因が強いのかもしれません。そうだとすると、円安傾向が持続し、企業経営者が円高に戻る可能性は小さいと考え始めるまで、本格的な輸出の回復は見込めないのかも知れません。昨今の円高ドル安は、日本企業が再び円高に戻るかも知れないという恐怖心を思い出させてしまい、ますます生産を国内に戻す動きが遅れることになったかも知れませんね。
 人口が減少する日本ではなく、成長しそうな海外で生産する方が良いと考えている企業も多そうです。そうなると、生産の国内回帰は一層難しいかもしれませんね。
 一方で輸入は、消費者が「国産品の方が安いから輸入品は買わない」と思えば減るので、輸出数量増よりも輸入数量減の方が先に生じるかも知れませんね。

・ゼロ成長なのに雇用も企業収益も絶好調
 アベノミクスで景気が回復したと言われていますが、成長率を見ると2013年度が2%、2014年度が-1%程度で、今年度の成長率予測(ESPフォーキャスト平均)も0.7%となっています。これは「概ねゼロ成長」と言えるレベルです。
 にもかかわらず、雇用情勢は絶好調で、有効求人倍率は高く、各種アンケートでも人手不足感が強くなっています。脱デフレで値下げ競争からサービス競争に移行している事が一因かもしれませんが、それだけでは到底説明し切れるものではありません。
 企業収益も絶好調です。ゼロ成長で企業収益が絶好調となれば、労働者にしわ寄せが行っているのかと言えば、そんな事もありません。原油価格下落は一因でしょうが、それだけでは到底説明し切れるものではないでしょう。
 筆者は、GDP統計に若干の疑問を感じていますが、仮にGDP統計が上方修正されたとしても、雇用と企業収益の絶好調を説明できるようなものにはならないでしょう。
おそらく、高齢化によって医療や介護といった労働集約的な仕事が増えていることが人手不足の一因なのでしょうが、それだけでは説明しきれないでしょう。今後とも、この違和感の解明は筆者の課題です。

・結局アベノミクスは成功したのか
 経済政策の目標が、「インフレも失業も無い世の中を作ること」だとすれば、今の日本経済ほど理想的な状況は考えられません。一方、多くの庶民は景気回復の実感が得られずに消費税率の引き上げ分だけ生活が苦しくなったと感じています。
 結局、アベノミクスの恩恵が株を持っている富裕層と失業を免れた最下層に集中し、一般庶民に及んでいないため、景況感がバラバラになっているのでしょう。
 しかし、兎にも角にもアベノミクスにより株とドルが値上がりし、株高で高級品が売れるようになり、円安で外国人観光客が増加した事、公共投資で建設労働者が不足するようになった事、などを考えると、アベノミクスが景気を回復させたと考えて良いでしょう。
 景気の回復速度は充分ではありませんが、安倍政権発足前と比べれば、明らかに景気は改善しています。消費税引き上げ(これはアベノミクスと無関係)が無ければ、景気は更に良くなっていた筈ですから、アベノミクスの景気回復効果は決して小さくなかったと考える事も可能でしょう。
今後については、「景気は自分では方向を変えない」ので、引き続き緩やかな回復が続くと考えて良いでしょう。海外の景気が急激に悪化したり、消費税率が再度引き上げられて消費が激減したりすれば別ですが。
 筆者が期待しているのは、労働力不足によって企業が省力化投資を活発化させることです。バブル崩壊後の日本経済は、失業が問題でしたから、企業は安いコストでいくらでも労働力を集めることが出来、それによって省力化投資をせずに来ることが出来ました。したがって、今の日本経済は「労働生産性の向上余地(少しだけ省力化投資をすれば労働者一人当たりの生産量が大きく増える余地)」が大きいのです。そこに企業が目をつけるはずだ、と考えているわけです。そうなれば、景気の回復が続き、少しずつ拡がりを持ったものになっていくと期待しているのです。
 なお、アベノミクス全般について興味のある読者は、長文ですが2015年4月の拙稿「アベノミクスの狙いと成果(http://www.tsukasaki.net/report/report1504.html)」を御参照ください。
以上

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