Q&A1814 TSHとHCGの関連は? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

あるクリニックのホームページ「甲状腺ホルモンと生理不順の関係 」を読まれた方から質問がありました。その方を含む3名のRCO患者さんで共通していたのが、前院で排卵日にhCG注射した周期に着床していて、共にチラーヂンが必要な体質なので関係あるか知りたくて質問したとのことです。

 

甲状腺ホルモンと生理不順の関係 」にはこのように記載されています。

①「子宮内膜には甲状腺ホルモンレセプターがあり、そのレセプターは着床の時期に多くなることから甲状腺ホルモンが着床にも何らかの働きをしている可能性がありますが、よくわかっていません。同様に TSHレセプターも存在し、このレセプターも着床の時期に数が増えます。子宮内膜が着床の準備をするために必要な物質の一つに Leukemia inhibitory factor(LIF)というのがありますが、TSHレセプターからの刺激が他の因子とともにLIFを増やす働きがあり、TSHレセプターが着床に影響を与えていると考えられます。しかし、どの程度子宮内膜にTSHが存在するかはよくわかっておらず、またヒト絨毛性ゴナドトロピン(HCG)もTSHレセプターにくっつくことができることからTSHではなくHCGがTSHレセプターにくっつくことで子宮内膜の変化に作用しているのかもしれません。なお子宮内膜にTSH レセプターが存在することから子宮内膜からも甲状腺ホルモンが出ているのではないかと推測している研究者もいます」

 

もう一つ、下記の論文の抄録を読まれ「人工授精の場合、hCG注射は人工授精の24-32時間前に打つ群よりも人工授精当日(=排卵日?)に打つ群で妊娠率が約2倍高い」と理解されたため「排卵する周期に着床するタイミング・IUI・自然周期凍結融解胚移植でも同じ現象が起きるのではないか、であれば、トリガーとしてではなく子宮内膜の熟化のために排卵日にhCG注射すれば約2倍妊娠しやすいのではないか、それが①と関係しているのではないか、子宮内膜の熟化が着床の窓とも関係しているのではないか」と考えたようです。論文は中身を読まないと正確な理解はできませんので、取り寄せて読んでみました。

②Reproductive Biology and Endocrinology 2010, 8:18(フィンランド)

要約:2007〜2009年に人工授精を行なった方を後方視的に検討しました。2007〜2008年にはHCG5000単位を前日朝投与し、翌日に人工授精を行なっていましたが(228周期、24〜32時間前HCG投与)、2008年末〜2009年は人工授精当日にHCG5000単位を投与するプロトコールに変更しました(104周期、人工授精直後HCG投与)。結果は下記の通り。

 

HCG投与     24〜32時間前   人工授精直後    P値

妊娠判定陽性率    10.9%       19.6%    0.040

臨床妊娠率        9.6%       18.3%    0.032    

 

解説:まず、①について記した明確な根拠はありませんでした(そのクリニックの記事には引用文献の記載は一切ありませんし、婦人科ではなく内科の先生のクリニックです)。そのため「よくわかっていない」とか「かもしれません」と頻繁に書かれています。②については、確かに有意差は出ていますが、P<0.05ギリギリのところです。しかも別々の時期に行われた後方視的検討であり、また本来理想的なHCG投与時間である36時間から大きく外れた24〜32時間を採用するなど、様々なバイアスや不備があります。したがって、②の結果を鵜呑みにすることはできません。また、①と②を関連づけることも論理が飛躍しています。言うなれば「風が吹くと桶屋が儲かる」的なお話です。この件については今後の検証が必要ですが、現時点では何とも言えないということになります。医学論文や科学論文は、条件設定が重要なポイントになります。抄録だけでは正しい判断ができないことがしばしばありますので、論文を取り寄せて本文を読んでから真剣に吟味する作業が必要だと思います。