正義執行 | 神社仏閣旅歩き そして時には食べ歩き

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還暦を過ぎて体にトラブルが出始めて、ランニングを楽しめなくなりました。近ごろはウォーキングに軸足を移して道内の神社仏閣を巡り、御朱印を拝受したり霊場巡礼を楽しんでいます。いつかは四国八十八ヶ所巡礼や熊野詣をすることが夢です。by おがまん@小笠原章仁

 野球って本当に面白い。そこには一つのプレー、一つの試合だけにとどまらない、さまざまなドラマがある。

 北海道日本ハムファイターズファンのぼくの目から見て、今年最もドラマチックなのは田中正義投手だ。「正義」と書いて「まさよし」と読ませる名前が多いと思うが、彼の場合はそのまんま「せいぎ」だ。それにちなんだ彼のニックネームは「ジャスティス」。

 彼がドラフト会議の目玉となったのは、2016年のことだった。この年のドラフトは創価大学の田中投手が目玉であり、5球団から1位指名を受けた。その中にはファイターズも入っている。ちなみに、田中投手と高校・大学のチームメートだった池田隆英投手も、東北楽天ゴールデンイーグルスから2位指名を受けて入団している。

 そんな田中投手を引き当てたのは、巨大戦力を誇る福岡ソフトバンクホークスだった。しかしホークスに入団後の田中投手は、故障が多くなかなか輝くことができなかった。2017年からの6年間。登板数は34(いずれもリリーフ)にとどまり、0勝1敗0セーブ2ホールド。防御率4.25というのが全成績だ。

 それでも明るい兆しはあった。昨年も肩の違和感や新型コロナウイルス感染などがあり5試合の登板にとどまったが、5回を無失点に抑え(1ホールド)、今年の飛躍が期待されていた。

 ところがそんな彼の野球人生が大きな転換点を迎えることとなる。北海道日本ハムファイターズの(というより球界を代表する)ヒットメーカーである近藤健介選手がFA宣言をして、ホークスへ移籍することとなったのだ。その人的補償選手としてファイターズが白羽の矢を当てたのが、田中正義投手だった。2016年の1位指名から6年あまりが経ち、ついに入団にこぎつけた。

 奇しくも、高校・大学のチームメイトだった池田隆英投手も、トレードでファイターズの選手となっていた。こちらも7年ぶりにチームメイト復活だ。

 もともと故障さえなければ……と言われ続けてきた田中投手である。ファイターズに来てからは順調に調整を続けてきた。オープン戦でも好投は続き、貴重な戦力として開幕を迎えた。

 勝ちパターンでのセットアッパーとしての出番も増え、ホールドを重ねていった。新庄監督のアドバイスによるという微笑み投法もぼくには新鮮に映り、ますます彼を応援するようになった。

 シーズン当初はクローザーを務めていた石川直也投手が故障をして、クローザーの役割が彼に回ってきたのは、楽天生命パーク宮城で行われた4月21日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦だった。7対6と1点をリードした場面で登板した彼は、この回を抑えればプロ入り初セーブを記録できた。しかし先頭の浅村選手に初球をヒットされた後、自らのエラーもあってピンチを広げ、ワンアウトも取れないままよもやの逆転サヨナラ負けを喫してしまったのだ。

 こんな負け方をしてしまって、そこから立ち直ってくるのに時間がかかるのではなかろうか。ぼくはそんな心配をしてしまったが、ここまでのプロ生活で地獄を見てきた彼は、それで委縮してしまうような投手ではなかった。23日の試合では1回を抑えてホールドを記録し、続く登板となった26日のエスコンフィールド北海道で行われたオリックスバファローズ戦では再びクローザーとして登板した。ここで見事にプロ入り初セーブを記録したのだ。この日、ヒーローインタビューに呼ばれた田中投手は、こみ上げてくる涙にしばらく声を詰まらせた。その様子は多くのプロ野球ファンの心を震わせた。

 以後、ファイターズのクローザーとして定着した田中正義投手。いつしか彼が最終回を抑えると、その名前になぞらえて「正義執行」と言われるようになった。

 そして迎えた5月7日のエスコンフィールド北海道。東北楽天ゴールデンイーグルスとの試合は、8回を終わって2対2の同点だった。ゴールデンイーグルスの先発投手は、ドラフト1位のルーキー庄司康誠投手だったが、6回を1失点に抑えてプロ入り初勝利の権利を持って後続に託していた。しかし後を受けた投手が同点に追いつかれ、プロ入り初勝利の夢は消えてしまった。

 そんな庄司投手の目の前で快投を見せつけたのが、田中正義投手だった。同点の9回表のマウンドに立った彼は、ゴールデンイーグルス打線を三者三振でねじ伏せたのだ。

 こうなると球場内のムードも一気に上昇する。その勢いが乗り移ったかのように攻め立てて、見事にサヨナラ勝ちを演じることとなった。勝ち投手は9回表を抑えた田中正義投手。ついにプロ入り初勝利も手にしたのだった。

 しかしドラマはここで終わらない。5月28日に楽天生命パーク宮城で行われた東北楽天ゴールデンイーグルス戦。ゴールデンイーグルスの先発はまたも庄司康誠投手だった。試合は序盤にファイターズが2点を取り、ゴールデンイーグルスも1点を返し、そのまま9回表のファイターズの攻撃となった。プロ入り最長のイニングを投げている庄司投手だったが、9回表のマウンドにも立ち、鬼気迫る投球を見せつけられ、ファイターズ打線は三者三振に切って取られた。それは3週前の田中正義投手を彷彿させる投球だった。もしかすると庄司投手の脳裏にも、あの試合で田中投手の投球が流れを引き寄せた姿が浮かんでいたのかもしれない。

 こうなると3週前と同様に球場内には異様な空気が流れだす。そんな空気を生んだのは、庄司投手の鬼気迫る投球だろう。

 そんな空気に飲まれてしまったか、田中投手は先頭打者にフォアボールを与えてしまう。その後もヒットを打たれるなどしてピンチが拡大し、新庄監督の執念のダブルリクエストも及ばず、犠牲フライで同点に追いつかれてしまった。それと同時に、庄司投手の負けは消えた。

 ただ4月21日の試合と違っていたのは、彼はここで踏みとどまって、後続を抑え切ってみせたことだ。修羅場での経験は、確実に田中投手を成長させている。ここでサヨナラ負けを喫してしまっては、庄司投手にプロ入り初勝利を献上するところだったが、プロで勝つのはそんな簡単なことじゃない。それは、同じドラフト1位ながら初勝利まで時間がかかった田中投手からの、無言のメッセージだったのかもしれない。

 この試合で正義を執行し損ねた田中投手だったが、次の登板となった5月30日の試合では、またフォアボールからピンチを招いたものの、最後は剛球で三振に取り正義を執行した。

 今シーズン、ここまでの成績は、20試合で19回を投げ、1勝1敗8セーブ6ホールド。防御率2.84だ(令和5年5月31日終了時点)。ジャスティスが故障せずに正義を執行し続けたとき、ファイターズは奇跡の優勝をしてしまうかもしれない。そんなドラマが待っていても不思議はないとぼくは思うのだ。