ここで本文に則って考えると、ニーチェは昔、「誰もが読者になれる、ということは書くことばかりか考えることまで腐敗させる」と予想した。しかしニーチェの予想をはるかに超え「誰もが著者になれる」時代が到来しつつある今日、僕はやはり今度も「考えること」を腐敗させると思う。従来、情報発信者は情報を取捨選択し発信しなければならなかった。ところが、電子メディアが発達した現在ではその必要性はない。そうなると必然的に考える力(というよりも情報を淘汰する力)
が腐敗してしまうだろう。これが「誰もが著者になれる時代」の一番大きな問題点である。
近年、一昔前よりもあらゆる著作物(ここには本のほかブログ等電子メディアも含む)に対して、重みやありがたみを感じることが少なくなったような気がする。それはやはり、著者によって情報を淘汰されているか、されていないかの違いなのだろうか。
作文でした。
このブログを、たくさんの人に知ってもらうために、下の下記リンクのクリックをよろしくお願いします。
ブログランキング(投票)↓
http://blog.with2.net/link.php?730289