イスラム国
 時は13から14世紀、予言者ムハンマド(マホメット・570~632年)が布教したイスラム教が中東周辺に強大な帝国を築き上げ、エチオピア東部の町ハラーを拠点にアフリカ侵略(非イスラム教徒の奴隷狩り)を繰り返した。
そのためエチオピア西南部部族は移動を強いられて、各地にコーヒーも広まっていた。
その頃のコーヒー発見伝説は有名である。ただしその大半はイエメンのコーヒー商人がコーヒーのPRのため、ねつ造したものと思われる。
ただ驚くことにはエチィオピア北部および中央高原でコーヒーが受け入れられたのは1930年代からである。
エチオピア正統派キリスト教会がコーヒーがイスラム教徒の飲み物(コーヒーセレモニーが儀礼・儀式)であることから偏見を持っていた
 コーヒーの種は紅海を越えイエメンに伝わり始めて販売目的にコーヒー栽培が始まった。
やがて間もなくメッカとメディナに珈琲飲料が伝わった。
有名な「メッカ事件」をきっかけにイスラムの食事作法に違反するコーヒーが次第に特例とされていった。
コーランでは炭を食べることを禁止しており、コーヒー禁止を一部が要求し続けた。
この議論が決着したのは17世紀にはいってからで、イスラム世界で認知され、メッカが巡礼者によりコーヒーのメッカとなった。