美しいことと醜いこと。 | 優しく、楽しくなるための日々。

優しく、楽しくなるための日々。

毎日誰かを笑顔に
人の痛みが分かる人間に


今日は感情でコトバを綴りますね。
少しお酒が入っているもので。笑


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最近は「美しい」というコトバが本当に素敵だなと思うのです。

美しいということは、醜いということと相反するようにみえて
表裏一体だなとも思うのです。

人間関係にしろ
物事にしろ
世の中にしろ。

人間関係で、醜いな、と思うことは多々あります。
世の中の出来事なんて、醜いなと思うことばかりだったりもします。

お金やステータス。
周りにながされること。
情報の錯誤や洗脳。
表面的なもの。


醜い、あまりにも醜いことだと思います。


ですが、
一見醜くみえてしまう人間の欲求や 人間関係や 出来事
全て 最近は美しくみえるのです。

それはきれいごととは違います。

「綺麗事」をこえたところに美しさはあります。

人間の欲求は 時として人をいとも簡単に傷つけます。
だけど、関わっている全ての人を大切にすることなんて
不可能だと思うのです。

自分が本当に大切にしているヒトやモノなんてのは
本当に片手におさまるぐらいしかなくて

それを大切にすることができたらなら、十分。

欲張らないで。
欲張る必要はあるけれども、
醜くならないで。


全力で大切なモノを大切にして、自分の欲求に素直に動くことが
とても美しいと思うのです。

このコトバは、うすっぺらい表面上のことだけを捉えていると
わからないかもしれません。
けれど、もっと奥深いものがあるのです。

欲求の先にある、誰かを傷つけてしまうことの先にある、
全ての先にある美しさ。


優しく、楽しくなるための日々。




優しく楽しい人になることはもちろんのこと
強く 美しい人になりたいのです。