人は心に支配されているのだろうか。
それとも、身体に支配されているのだろうか。
これまでもこの心と身体・肉体の話をした事があります。
たとえば、こんな話です。
「明日の朝は、絶対に早起きしてランニングをするぞ!6時に起きる」
「明日は早起きして、勉強するぞ!6時に起きる」
そんな決め事をやるが、明朝6時に目覚まし時計を止めると
「もう少し寝るか・・・なんだか身体が重い」
他にもこんな話もあります。
長時間の仕事が終わり、もう肉体は疲れクタクタのはずなのに、仕事が終わると
「よし、飲みに行くか!」となる。
昨日は飲み過ぎた。もう今日はお酒は飲まない。そんな事を昼間は考えていたのに、仕事が終わり、夕方になると、同僚から「飲みに行きましょう!」と誘われる。
「よし、行くか!」
人付き合いなどを考えて、という言い訳がつくかもしれない。しかし、そんな事は本当に言い訳だろう。また飲みに行くのだ。
人は心や感情に支配されているのか。それとも肉体に支配されているのか。
どんなに身体が疲れていたとしても、心動かされる事には人は動くものだ。
これが、今までの私の人生の答えです。
どんなに心動かされる事でも、身体が動かない。そんな事もあるだろうけれども、そんな時は身体は動かないにしても、妄想の中で好きな事をするのではないだろうか。
さて、ここからが本題なのですが、
「なんだか絶不調だ。なんだか調子が悪い。」
この場合、心や感情が絶不調なのだろうか。
それとも、体調、肉体が絶不調なのだろうか。
それともやりたい事や目標がはっきりせず、現(うつつ)を抜かしているのか。
現を抜かすという言葉は良い意味?に使われる事が多いのでしょうか。
すみません、どちらが正しいのかは辞書を引かなければ私には分かりませんが。
ググってみると、以下のような文例が出てきました。
意味)ある物事に過度に熱中する。ある事に心を奪われる。
「仕事もせずに女に現を抜かす。」
「芝居見物に現を抜かす。」
しかし、この文例の通り、やりたい事は明白なのです。
何かに熱中し心奪われ、それだけに現を抜かしているのです。
私は思うのです。逆の意味もあるかもしれないと。
やりたい事や目標が明確で無いからこそ、
それ以外の何かに現を抜かし、なんだか絶不調だ。なんだか調子が悪いとなるのではないかと。
心・気持ちと、肉体・身体はどちらが強いのでしょうか。
私の座右の銘の1つでもありますが、
人は心動くものに動かされる
だと思います。
さて、今、あなたは絶不調でしょうか。
それとも、心も身体も何かに向けて進んでいるのだけれども、身体が辛いだけでしょうか。
ちょっと心が疲れたみたいだから、休憩しているだけでしょうか。
おそらく目の前に何かやりたい事があれば、それでもあなたは強く動くはずだと私は思います。
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