鬱と診断されて死を考えた時がありました。
いずれ人は「死」を迎えるのだから、いつ死んでもいいんだと…
未来なんてなければいい、明日なんて来なくていい。と何度も思いました。
自分が嫌いになり、明日はもっと自分が嫌いになると思い伏せていました。
「君は病気だから」と、お医者さんがくれた精神を安定させて深い眠りにつく魔薬は苦しみだけではなく、楽しみも希望も消していくように感じました。
だけど、良くなるならという思いで飲んでいた薬も少なくなるどころか、病院に行くたび増えていく。
今日は飲むのをやめよう。明日はやめよう。と思うけれども、それが次第に止めれなくなり飲まないと不安になる。
友:「頑張って!」 私:(頑張ってるよ!!)
友:「すぐに治るよ」 私:(いつ!?)
心配して言ってくれる言葉も身勝手な言葉に感じ、自分だけでなく、周りの人間たちも嫌いになっていく自分に悪感情を抱きました。
毎日、毎日、同じことの繰り返し…「なんで、私だけ?こんな辛いことが起きるのだろう」と思いながら時間だけが過ぎて行き、いつになったら治まるのだろうか…そう思った時です。
耳元で「疲れたよね」って囁く声が聞こえ、その後「死んじゃいなよ」と聞こえたのです。
空耳なのか、私の心の声なのか…
今思えば、魔の囁き。
この魔の囁きや魔の誘惑に翻弄され、そしてその魔に自分自身を支配されてしまっていたのです。
もちろん霊媒体質ですので、(本人にその自覚がなくても)身近にその存在、もう一人の私が居るような感覚ですが…いる事も理解していたように思います。
その存在を通して見えない世界のいろいろな要素が聞こえたり、感じたり、翻弄されたり…。
当時の私は「死にたい」という思いは強かったものの、いざとなると死にきれない。
そういう性格?が功を奏したのか、自ら命を失うことはなく生きてきましたが、そういう思いを何度も繰り返してきました。
家族の協力もありどうにか薬を飲まずに普通の生活に戻りましたが、また、悩み考え込んでしまうと鬱のような症状になっていく。
ならないようにと、努力しても自分の力ではどうにもできない。
気持ちと行動がついていかなくなることに、苛立ちを覚え悪い方向に行けばギリギリの線で我に帰ったように良くなっていく。
良くなる方へ向かっていっているのにまた落とされる。
これは神様との取引きみたいに感じていました。
一般的には、「鬱」はストレスからが多いと言われていますが、私の場合、突然だったこと。
悩む事はあっても、それがストレスにまでなっているとは思っていませんでしたし、普通の事だと思っていましたから。
私が経験し感じた事ですが、鬱になる原因は実際には見えないところにあるということ。
周りが気付いてあげられることは見えるところだけでしか解決できないということです。
心や感情などを操る見えないモノ達の存在に気づいてくれる人が多くなれば、鬱を抱え苦しんでいる人や身内で戦っている人が軽減されていくのではと思います。
地見
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