[コピー]TOBE課題 ボタン 落選作品 | あべせつの投稿記録

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コレクター 

 あべせつ

 

 

私は、創作ボタン作家。街の裏通りで小さな工房を開いている。客の要望に応じて素材を選び、細工を施して、この世に一つしかない手製のボタンを作るのが仕事だ。

ある夜のこと。顔見知りの若い女が店のドアを開けて顔を覗かせた。

「ああ、道子ちゃんか。こんな時間まで出かけていたのかい?」

「ええ、なかなか仕事が見つからなくて。前を通ったら、灯りが点いていたから、おじさんがまだいらっしゃるんだと思って寄っちゃいました」

道子は、数か月前に地方から出てきた女の子だ。通りを挟んだ向かいのアパートに住んでいるが、まだこの街に知り合いも少なく、寂しくなるとこうして私の店を覗きに来るようである。

「ああ、そうだ。新しいのが入ったんだが、見るかい?」

「わあ、見たいわ」

私はclosedの札をかけ、入り口のドアに鍵をかけると、道子を地下室へと誘った。この家の八畳ほどの隠し部屋を私はコレクションルームとして使っていた。いにしえの貴族たちが、競うように贅を尽くして作らせたアンティークボタンの数々を、さながら美術館のごとく陳列してあるのだ。

「今日、手にいれたのは、これだよ」

「すてき、すてき、宝石みたい」

「そうだろ。これはね、金属を多面体カットした十九世紀のイミテーションダイヤ製のボタンなんだ。現代の技術をもってしても作り方がわからないという一品なんだよ」

「素晴らしいわ。ねえ、おじさん。また見に来てもいいですか?」

「ああ、もちろんだとも。でも、このコレクションのことは二人だけの秘密だよ」

コレクターというのは、不可思議な人種で、誰かにコレクションを見せびらかしたい思いと、秘密にして独りほくそ笑みたい気持ちが複雑に絡みあう。その点、この孤独で純朴な娘は惜しみ無く賞賛を与えて自尊心を満足させてくれる上に、むやみに欲しがりもしないという、私にとって誠に都合の良い人間であった。

その数日後、常連のA氏が店を訪れた。彼も私に負けぬコレクターで、いつも興味深い仕事を持ち込んでくれていた。

「これでね、彫刻ボタンを作って欲しいんだ」

A氏は、作業台の上に三個の白く丸い塊を置いた。

「二度とは手に入らない希少品だから、大切に頼むよ」

今ではご禁制の品となった象牙に触れる機会はなかなかない。私は二つ返事で引き受けると、A氏が帰るや否や仕事に取りかかった。

ところが細工を進めるうちに、ある疑問が私の頭によぎりはじめた。

「これは、はたして象牙だろうか?」

手の指が覚えている質感と、目の前のこれはまったく違っていた。象牙よりももっと白くて、きめ細かい。ギリシャ神話の三美神をモチーフにカメオのように刻みあげていくと、三個のボタンは、まるで真珠のように輝き初めた。かつてないほどの出来映えに、私は手放したくなくなってしまっていた。再三の催促の電話にも、言い訳をしながら一日伸ばしに引き渡しを逃れていたのだが、しびれを切らしたA氏は容赦なく取りに来てしまった。預かりものを渡さないという訳にはいかない。

「Aさん、一生のお願いです。この品の内の一つだけでいい。私にお譲り頂く訳にはいかないでしょうか?」

「申し訳ありませんが、お断りさせてください。貴方だから打ち明けますが、これは妻の遺骨なのです。先日、亡くなりましてね」

「そうでしたか。お若い奥様でしたのに」

遺骨であれば仕方がない。私は泣く泣くボタンをA氏に渡した。

 それから私は人骨ボタンを夢にまで見るようになった。ありとあらゆるボタンを揃えたコレクションの中で、唯一無いのは人骨ボタンだけだ。それをあのA氏は持っている。今だかつて、これほど他人を羨望したことはなかった。

「そうだ、私も自分用に作ればいいんだ」

そう閃いて私はわくわくしたが、そうおいそれと人骨は落ちていない。また人骨ならば何でもいいというものでもない。細工をしても崩れない密度と太さ、なめらかな真珠のような質感がなければならない。

¦若くて健康な女の骨……

私はいつしか、その事だけを考えるようになっていた。

「こんばんは、おじさん、またボタンを見に来ました」

「おお、道子ちゃん、よく来たね」

私はいつになく上機嫌で両手を広げて道子を招き入れると、いつものようにclosedの札をかけ扉に鍵をかけた。完