2009年05月13日01:13



映画を見た直後の日記から 





イーストウッドがしゃがれ声で歌うラストにわかっていたけど涙する。


そして

あたしはあたしの父が嫌いだけど

「でももっと幸せにしてやらなきゃなー。」
と、バースデーケーキを前にしたイーストウッドを見ながら考えていました。


それから、スー(隣の姉ちゃん)の「あんたたち、まだ、東洋の女に幻想を持ってるの?」という胸のすく啖呵にラブラブ 


そんな女も惚れるかっこいいスー姉ちゃんが~o(;△;)o


。。。。と、観ているものが、感情移入できる要素をちりばめていかなければ


頭で考えた「悲惨」をパーツの様に並べて、キレイな映像にしたって人の心は打たないことを確信する。

グラン・トリノの後に、スラムドッグ・ミリオネアを見たら、 「なんでこれがこんなに賞を取ってるの?」という気持ちになるのは当然の成り行きだと感じました。



ネタばれネタばれネタばれネタばれネタばれネタばれネタばれネタばれネタばれネタばれネタばれネタばれ



















ラスト

イーストウッドが、「よく考えなければならない。これは俺の仕事だ。」




そのセリフに相応しい「よく考え抜かれた」彼の最後の仕事


ミリオンダラーベイビーは、大好きな映画だけれど
警察内部の巨悪と闘う というようなストーリーには特に食指が動かない私なので

いい映画だろうと思っていたけれど
好きになるかどうかわからないなーと思って見に行きました。


で す が








今までみた映画の中での№1にしてもいいかも。。。。 と今この瞬間に思ったりしている。






ちょっと話ズレますが

藤沢周平の三屋清左衛門残日録というTVシリーズで
(このお話は、三屋清左衛門という隠居侍の話なんですが)

敵のところに直談判に行く話があって
その場で、決闘になれば、多勢に無勢で切り捨てられても致し方ない状況
でも、清左衛門は、直談判の時と場所を「よく考えて」

切り捨てられそうになる瞬間

その場所にもうすぐ大名行列が通りかかることを告げ

「この老いた身、決闘となれば切り捨てられても致し方ないが、お行列が通るこの場所でこのような不手際があったとあれば」と啖呵を切って 直談判を通し難を逃れる。


あれ、同じ様なシチュエーションって思って書いてみたけど 違うなーどうも。(--)













「いい」という情報を得たので極貧にも関わらず買ってみましたパンフレット。

イーストウッドの出演映画の年譜があって読み応えあり。
それを書いているライターの方が、「映画文筆家」と書いていて気持ち良し。








牧師「ひどい話だ。」イーストウッド「それが世の中だ。」
っていうのは、使い古された会話だけれど、シンプルであるからこそ、胸に迫る。








ファーストシーンとラストシーンの対比とか

へそ出してる孫娘と、モン族の正装で最敬意を示す姉弟




それから、「長男」が、最後の電話を受けた時 「あれ?」って顔をちょっとするのがよかったなー

あまりにも、わかりやすく 息子夫婦 孫 が「駄目」に描かれていて、「ちょっと描写が安っぽいかな?」とか思っていたので、あのシーンを見た時は、面白くって嬉しくってニヤニヤしちゃってました。




冒頭から 不穏で ハッピーエンドに終わる筈はないと知っているけれど



誕生日の隣の家でのバーベキューとか、タオとの交流とか、この幸せなストーリーが続けばいいのに。。と思い続けながら見ていて



でももちろんそんな風に終わる筈はなく。。。。。。。。。。






青二才だった牧師が夜尋ねて来て 「私だって復讐を考える ビールを下さい。」


彼はラストの葬儀シーンですばらしい言葉を贈ったりもする。





ミリオンダラー・ベイビーでは、希望は見えないラストだったと思うけれど

グラン・トリノのラストは、苦いけれど グラン・トリノに乗るタオとデイジー(犬)の映像で少し希望を見せていて

たぶん何度も見る。。というか、見たい。。。。映画だと思う。
きっと「ひどい世の中」を毎日見てるから、『グラン・トリノに乗るタオとデイジー』を繰り返し見たくなるんだと思います。







追記
2009年05月13日 12:46
タオの胸の勲章がアップになるシーン









ただ生き残ったものに勲章が与えられ

生き残ったものは、グラン・トリノという苦さと責任を伴う宝石とともに歩まなければならない。