戦友ともいえる、私の大切な同志達へ


2008年12月31日に悲しすぎる出産をしてからというもの、

また我が子をこの手に抱きたいという一心で治療してきました。

まだ生きていたい!と手足をバタバタさせてる健康な子を母体の都合で、

殺さなければならなかった辛さは文字では現すことできません。

私は自分の子を自分の手で殺したんだとずっと苦しんでいます。

その気持ちは今でも「ing」なのです。

あの時の精神状態は自分でも普通じゃないと思ってたし母は本気で私が

他人様の赤ちゃんを誘拐するんじゃないだろうか。。と心配した程でした。

それからというもの、生まれ変わりを信じ狂ったかのように治療してきました。

1周期でも無駄にすると、「もしかしたらこの1周期が運命の周期なのかも」と

思えてならないので、強制的にお休みさせられる周期以外は全て治療です。

おち夢クリの小○さんに「タカさんは他の患者さんと意気込みが違う」と

言われた事があります。看護士から見ても必死さが異常だったのかも?


あなたが人生で頑張った事は?と聞かれたら後にも先にも

きっと不妊治療が一番になるでしょう。




21回も採卵周期に入って、そのうち採卵できたのが15周期。

移植できたのは今回を含め7回だけです。


色んなブログを拝見してましたが20回以上採卵周期に入った人のブログは

なかなか見つかりません。  

こんなにも回数を重ねる前に授かったり、リタイアする人が殆どだからなのでしょうね。
金銭的にも精神的にもいっぱいいっぱいのところでずっと治療してきたのです。


卵子提供という選択があることを旦那に相談したこともあります。

予算的にアメリカでの提供は難しいのでアジア圏で日本語対応できるエージェントを

探した事もあります。 


不妊治療は、本当に出口の見えないトンネル。 出口があるって分かって居れば、どんな

棘の道さえ進めますが目の前に広がるのは闇しかありません。


私がいつも思ってた事は、"5年先の自分を見てみたい!"でした。 

5年後結果を出せているのか、それとも夫婦だけの生活をしているのか知りたかった。

知ってしまえば、すぐにでも治療を止めれるからです。 

あるか、ないのかも分からない未来の為に何年も治療中心の生活がどんなに大変か

は、身に染みて分かってる。


今でも闇から抜け出せず苦しみ戦ってる戦友とも言える同志達がここにはいます。

「頑張れ!」とは言いません。 だって十分過ぎる程同志達は頑張りぬいてるんですもん。


  









今後、治療に関する記事は不妊治療41周期目夢クリのまとめ にだけ記事の修正という形で

更新していきます。


そして、今後の経過を新しい記事でお知らせはしません。




本来なら、今まで応援してくれた同志にもっと早く報告するべきだったのかもですが、

どう書けばよいのか本当に悩みました。



だって、、、前に進めない苦しみを痛いほど理解できてしまうから・・・


私のように高齢で不安な方。 E2がなかなか上がらなく悩んでる方。採卵前にP4が上がる方。

少しでも私と同じ悩みを抱えてる方の参考になればという気持ちからブログは残します。



まだ作ってませんが、新しいブログを開設しようかと思ってます。

ここにURLを載せるのは、なにか違う気がするので興味のある方はメッセージ下さい。

  

これから先、42周期目の治療のまとめを書くことないよう切願してます。


全ての戦友とも言える私の同志達の願いが叶うよう心から祈ってます