こうなったら形振り構ってなんかいられるものかっ!!…と蓮が決意した翌日の朝。

LME社長、ローリィ宝田の携帯電話が騒々しく鳴り響いた。


『何だ朝っぱらから。
お前にしちゃ珍しいな。』


「…すみません、社長。
今夜時間を作って頂けませんか?
大事な話があるんです。
お願いします!!」


いつになく迫力のある電話に若干怯んだものの、そこは伊達にLMEのトップに立つ人間。

格が違う。


「…最上くん絡みだな。
関係者全員に召集かけといてやる。」


ローリィはそれだけ言い放つとあっさり電話を切ってしまった。



その日の蓮は正に異常だった。

いつもと変わらぬ笑みを浮かべつつ、爽やかに周囲にプレッシャーを掛けて“巻き”状態で次々仕事をこなしていくのだ。


「れれれ、蓮…。
少しは休憩入れてくれ…。
せめてキョーコちゃんに怒られるから食事だけは摂ってくれよ。
今日は社長命令で8時に上がれるようにスケジュール調整してあるんだから、な?」


社が注意しても聞く耳を持たず、蓮は食事もせずに次の現場に向かっていた。

…顔には営業用の爽やか紳士面を貼り付けて。

移動の時間さえも惜しいと言った風に捕まらないギリギリのラインで運転を繰り返す。


結局その日のスケジュールをクリアした時間は、6時を少しだけ回った時間だった。



「…お疲れ様でした、社さん。
着きましたよ?」


漸く多少気持ちの余裕が出てきたのか、いつもの表情に戻った蓮に、青いのを通り越して顔面蒼白になった社が助手席からまさにゾンビさながらの形相で恨み節を吐いていた。


「…お…い、るぅえ~ん~。
俺はなぁ…お前の心の健康まで鑑みて、今日の入りを2時間遅らせたんだぞ~~!
なのに……それをさらに2時間繰り上げやがって、無茶苦茶だぁ~。
昼食も休憩も、移動時間さえも削りに削りやがってぇ~~。
…暫くはまともなスケジュールなんか組んでやるもんか…。
俺の忠告無視した代償はでかいからな~。
  覚悟しとけよ~。」


美緒も真っ青な恨み節に、さすがに蓮も悪い事をしたと思ったらしい。


「…申し訳ありませんでした。
あのDVDを観たら形振り構ってなんかいられないと実感したんです。
居ても立ってもいられないほど焦ってしまって、いつもの俺らしからぬ行動になってしまったことは心からお詫びします。」


親しき仲にも礼儀あり。

謝るべき時に謝ってこその信頼関係である。


「……しょうがないなぁ。
お前、キョーコちゃんが絡むと本当にダメダメだってよ~く分かってるよ。
だからな、今度からはちゃんと言えよ?」


今回だけは勘弁してやる、と社は利かん坊の弟を叱る様に、蓮の頭をポンポンと叩いて苦笑いした。


「…はい。」


「…ところで此所は…あれ?
もしかして…。
社長の自宅?」


車が停まってから漸く辺りを見回す余裕が出来た社は、そこが社長、ローリィ宝田の大豪邸の車止めだと気付いた。


「…はい…もう最上さんに関して形振り構ってられないので、社長に助力を乞いました。」


余りにとんでもない事をさらりと言ってのけた蓮に、社はキョーコ並みの大絶叫をしたのだった。


「…ぬ、ぬわにぃぃいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!」