「………やぁ、久し振りだね、最上さん。」



社がどんなに調整してもスケジュールの都合は付かず、逢いたくても遭遇する事さえ叶わず窶れるばかりの蓮を見かねて、社がラブミー部に食事の依頼を出しても面白がるローリィからストップが掛かり、まるっきり逢えなくなってはや数ヶ月。



蓮は完全にキョーコに餓えていた。



…雑誌やメディアの露出によるキョーコ補充が無かったら、本当に見掛けた途端襲いかかるんじゃないかと思えるくらい危険窮まりなかったと後に社は語ったらしい。



「お、お久し振りです、敦賀さん、社さん。
済みません、何度かラブミー部の依頼を頂いたのにお断りするような事になってしまって…。
あの、ちゃんとお食事されてないようにお見受けしましたが…社さん?」



少し線が細くなってしまってます、とマネージャーたる社にややびくびくしながら視線を向けると、社は気まずそうに苦笑した。



「あ~、そうなんだよね…。
何しろ局弁もロケ弁も食の細い蓮には重すぎるし量は多いし…。」



そういえばとキョーコの後ろに控えていた人物に蓮と社が目を向けると、やっと気付いて貰えたかとほっとした様子の女性がいた。



「…あれ、緑川さん?」



社の問いに頷いた女性に、蓮は同じLMEの社員だと直ぐに気付いた。



「私の担当する歌手が産休に入っちゃったからね。
ちょうどいいって社長が…。」



LMEでは愛の名に於いて、育児休暇やら産休やらを社長命令で社員及び所属タレント、歌手、俳優、お笑い芸人に至るまで男女問わず取らせている。


とにかく愛に関しては全力サポートしまくる人なのだ、ローリィ宝田という人物は。(そういう意味では誉めたいところである)



という訳であちこち空きが発生する歪みを、臨時マネージャーや代マネといった形で埋め合わせする格好で異動している大勢の社員の1人として今回自分は京子担当マネージャーになったのだと緑川は笑った。



緑川は初対面になる蓮に名刺を渡し、自己紹介した。



「…同じ事務所にいて初対面なんて変な感じですけど、大きい会社だから仕方ないわよね。
緑川 和泉(みどりかわ いずみ)です。
社君より2つ上で、歌手の松谷 日南子担当だったけど、彼女が産休に入っちゃったからね、今は京子担当なの。」



「蓮、緑川さんは俺より有能なマネージャーだから心配要らないよ。」



そんな値踏みするような目で見るんじゃないよと注意する社の指摘に、蓮はすみませんと頭を下げた。



「ふふ、京子ちゃんから聞いてた通りね。
心配性のお兄さんが2人だって。」



楽しそうな緑川の言葉に、社があちゃ~と内心ツッコミを入れ、表情に出さずとも(お兄さん扱いか、と)落ち込んだのが気配で判る蓮。



話題を逸らそうと社は緑川に話を振った。



「そういえば一体いつから彼女のマネージャーになったんです?
  …それにどうですか、マネージャーから見ての京子というタレントさんは。」



「ん?1ヶ月前からなんだけど、こんなに売り出し甲斐のあるタレントってそうはいないわね♪
  器用だし機転は利くしトークも上手いし。
何よりこんなにスタッフや共演者から陰口叩かれない子も珍しいわ。
まぁ、やっかみや嫉妬混じりに嫌味言う子はいるけど、そんなの蚊ほども気にしない、いい根性も持ち合わせてる。
知ってた?
今LMEの公認ファンクラブで、一番年齢層の幅が広いの、この子なのよ。
しかも男女比ほぼ半々でね。
  大抵異性に偏るものなんだけど、この子の人徳なんでしょうねぇ。
…実は私も入っちゃったの♪」



開いた口が塞がらないとはこの事を言うんだろうと、社も蓮もつくづく思った。


才能を開花させ、人間的にも魅力に溢れた“京子”という少女の人気は、老若男女を問わぬという意味で今や蓮を凌ぐと言っても過言ではないと思わせた。


第一、マネージャーが自分の担当するタレントのファンクラブに入会するなど聞いたことがない。


当然だが社だって蓮のファンクラブに入ってなどいない。


蓮のファンクラブに男性会員など皆無だ。



「嬉しいですけど、気恥ずかしいですよね。」



てれてれ、と顔を赤くして恥ずかしげに上目遣いで蓮を見上げる仕草に(落ち着け俺耐えるんだ俺、この子は俺の理性を試してる訳じゃないが無自覚なだけに質が悪いっっっ~!!)と紳士スマイルも浮かべる余裕も無くなった無表情の蓮を見た社が気付き、慌てて腕を掴んで引っ張った。



「あぁあっ、蓮、そろそろ時間だから行かないとっ。
み、緑川さん、ちょ、ちょっとだけ待っててくださいっっ!!
キョーコちゃん、少し時間あるならスタジオまで蓮を送ってやってくれないかな!?
俺、緑川さんと大事な話があって…!!」



若干青ざめた様子の社に、余程大事な話なのだろうとキョーコは頷き、未だ無表情で固まっている蓮に怯えながらもその袖を引きスタジオへと促して楽屋を後にした。



「さぁて…どういう事なのかしら?
ちゃんと説明してくれるわよね、や・し・ろ・く・ん?」



2人を追い出した楽屋の扉を閉めて盛大な溜め息を吐いた社の背に、棘のある緑川の声が掛けられた。











着地点を決めかねているうちに何故か新マネージャー、緑川さん登場です。


…といってもあと一話の予定なんですが。(;^_^A