「…解ってねぇんだろうなぁ?
今の日本には、お前の歌を聴いてくれる奴らより、お前を潰す事に全力を傾ける奴らの方が圧倒的に多いって事が、さ。
どうしても歌いたきゃ身一つで海外に行って、事務所も何にも柵(しがらみ)の無いトコで一から始めるしかねぇから、ま、頑張るんだな。」



お前みたいな甘ったれがどれだけやれるか楽しみにしといてやるよと嘲笑うローリィと共に冷酷な視線を向けてきた自分の同行者2人の目に、尚は最早声を出すことすら叶わなかった。




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明日にも解雇したことが公になればアカトキの損害をこれ以上拡大させることはないだろうとローリィに言われたアカトキサイドの2人ば、心底安堵したような笑みを浮かべ、再び深々と頭を下げて帰っていった。



最早尚を視界に入れることすら煩わしいと完全に無視した格好で。



LMEを出た途端待機していたタクシーに乗り込み、上司と部下がお互いを労うように笑い合う姿を目の前で閉められた車のドア越しに見せつけられたまま、見棄てられた尚はただ2人を見送ったのである。




さて。


問題はここからだった。


元歌手“不破 尚”から不破 松太郎に戻った少年には、これから自分がどうしなければならないかが全く分かっていなかった。


何しろ自分から動いたのは歌手になるプロセスに関わることだけ。


最初に上京してきた15歳の時も着いてきたキョーコに任せきりで、住まいも食事も金銭面に関わる生活全てをキョーコに委ね自分は何一つやってこなかった男である。


しかも手持ちの金は僅かで、とても京都の実家まで帰る為の旅費には足りなすぎる。


考えあぐねているうちにもどんどんと時間は過ぎ、気が付けば日はすっかり傾いて。


仕方なく移動しようとふらふら歩き始めたものの、目的地があるわけでもない松太郎は何となく最寄りの駅に向かっていた。




「…もしもし、君…これから何処へ行くのかな?」



宛て処なく駅ビルの中をさ迷い歩いていた松太郎に、ガタイのいい制服警官と、その横に並んでいるせいかやや細すぎに見えなくもない背の高い制服警官が声を掛けてきた。


警官としては職務質問せずにはいられない挙動不審な若者、それが今の松太郎であった。


明らかに顔を周囲に晒したくなさそうなサングラスに帽子、不自然なまでに大きすぎるボストンバック。



声を掛けられた松太郎もまた困惑を隠せなかった。



「…え…と…。
か、帰ろうと思って…。
そ、その、家、に…。」



嘘ではない。


嘘ではないが、持ち合わせがほぼ無い松太郎にはどうしたらいいのか分からず、答えがしどろもどろになってしまった。



「……君、年はいくつ?
家出とかじゃないの?
…とにかく話を訊こうか。
ちょっと交番まで来てくれるかな?」



特に自分に疚しいところはなかった松太郎は、素直に交番まで足を向けたのだが。


それは翌日の新聞を飾るネタの一つとして取り上げられる事になる。



《カリスマロックシンガー、突然の解雇!!
音楽業界を永久追放!?
解雇のその日に不審者として駅で逮捕か!?》



新聞、週刊誌も挙(こぞ)って面白可笑しく書き立て、実際は補導でも逮捕でもなく保護されただけの筈の松太郎が引き取りに来た保護者と共にフラッシュの嵐に晒されたのは言うまでもない。




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「………ここまでアホやなんて…ウチはキョーコちゃんに何て詫びたらええのや…!!」



「……あんなにもお心砕いて下さった芸能事務所の方々にも後ろ足で砂かけるような恥晒しおって…っ!!
このド阿呆がっ!!」



事態が事態なだけに片親だけで迎えに来る訳にもいかず、揃って上京し保護された警察署で警官一同に平謝りし、僅か数ヶ月前に気持ちよく送り出した息子と苦々しい思いで再会した両親は、怒りに震える身体を必死に抑え付けながら新幹線での帰路終始無言で、完全に家族だけで人目のない自宅に辿り着いて漸く口を開いた。



「これだけの騒ぎ起こして……分かってんのやろな?
あんたにはもう、歌を歌う場所はこの日本にはどこにも残っちゃおへんの。
だからって余所様のお国に送り出して、これ以上日本の恥世間に晒したら…もううちは死んでも死にきれません!!
これはあんたが自分で招いた事や、潔う歌手の道は捨てるのやね!!」



それでもまだ歌いたいなんて言うんなら二度とうちの敷居は跨がせませんよって覚悟おし、と捲し立てる母と、怒りに身を震わせながらも口調はあくまでも静かに今後の事を口にする父。



「…どちらにせよ、わしらは今後お前を手元に置くつもりはないで。
今回の騒ぎはお前を預かって下はったご住職の耳にもちゃあんと届いとる。
その上でご住職からの申し出をお受けしたんや。
ご住職はなぁ…ご自分がお前の嘘を見抜けなかった事を大層気に病んでおられて、ご自分のお師匠はんの処で預かって貰えるように頭下げて頼んでくれはったそうや。」



自分の未熟さ故に師匠の力に縋らねばならない、見抜けなかったばかりにご両親には済まないことをしたとわしらにまで深々頭下げてな、と苦渋に満ちた表情で言い放つ父親に、松太郎は返す言葉を持たなかった。



「…ご住職が頭下げはる理由なんぞ何にもない。
  頭下げなならんのはこっちやっちゅうのに…っ!!」



あまりの情けなさと住職への申し訳なさに目尻に涙を浮かべて身体を震わせた父は、何も言葉を返せない松太郎に最後に一つだけ言い放った。



「……お前をそないなアホに育ててしもうたのはわしらや。
どんなにアホでも、最後の責任だけは捨てずに持つ。
成人するまでの保護者としての責任だけは、な。
だが!!
それ以降はもうないと思え!!
戸籍も独立させて今後お前との縁は切る。
3年後に勘当や。」



将来的に親子の縁は切るとまで父に宣言された松太郎が口を開くまでには、かなりの時間と勇気を必要とした。








今回ちょっと長い…かな?


長さが一定にはなかなかならないものですね~。(;^_^A