スケジュールが押し迫ったハリウッドスターを同席させるなら急がなければと、連絡を受けた監督までもが急遽来日する事が決まり、とんでもなく無茶苦茶な事に監督の来日の翌日に英語ver.の収録をすることが決定した。


スケジュールを無理矢理空けての来日なので、最速で3日後に収録になるらしいと聞いた菅が心配気にローリィに訊ねていた。



「…大丈夫ですか!?
ほとんど素人の女の子にたった3日で…。」



「何言ってんだ、音感良いのもリズム感バッチリなのも、感情の込め方巧いって言って太鼓判捺したのお前だろうが。」



菅の抗議など何処吹く風とばかりに流し、ローリィは社長室のソファーにどっかりと腰を下ろして煙草を吹かしていた。



「……そりゃまぁ彼女の歌唱力、声量、表現力なんてうちの事務所でもそうはいないレベルだとは思いますけどね…。
でも…。」



「今気にしなきゃならねぇのはそっちじゃねえんじゃねぇか?
日本語ver.の歌詞はどうすんだ?」



「…候補はいくつかあります。
監督とMr.クーに見てもらって決定出す段階です。」



もう滅茶苦茶ギリギリですし最悪英語ver.だけ先録りしますと言いながら、ここ数日完徹で目の下に濃い隈を作った菅は秘書が気を利かせて出してくれた水と頭痛薬を飲み下し、菅はやらなきゃならない事がまだまだ山積みなんですと言い残して何処か覚束ない足取りで社長室から出ていった。



「…無理難題吹っ掛けてる自覚はあるからなぁ…。
仕事の目処が着いたら、社長権限で有給休暇やるか…?」



何だかんだ言っても社員を大事にしているローリィは少しの罪悪感を持って菅に心の中で詫び、歌姫を演じる少女に連絡を取るべく携帯に手を伸ばした。



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「じゃあリハ始めましょうか。
セツカちゃん、準備いいかな?」



録音ブース内でヘッドフォンを着けているセツカに録音担当のスタッフが声を掛けると、セツカは問題ないと言いたげにコクリと頷いて見せたのだが、調整室側の気温が一気に氷点下になったかのような冷気が漂っていた。



「…俺の大切なセツカを軽々しく呼ぶんじゃない…。」



声の主は歌姫の兄。


絶対零度の呟きに調整室のスタッフ一同凍り付いたのだが、録音ブースから救いの声が響き渡る。



【んもう、ダメよ兄さん。
みんなボスのトコの大事なスタッフさんなのよ?
コレはお仕事なの、兄さんの“雪花”じゃなくて、アーティストの“セツカ”の、ね?
アタシがアクターの“カイン・ヒール”に相手役の女が絡んでムカついててもスッゴクガマンしてるのとおんなじよ?
少しはアタシの気持ち、わかってくれた?】



録音ブースから調整室の様子に気付いたセツカが兄に悪戯っぽくウインクを送ると、フッとカインの纏う空気が緩み、同時に調整室の張り詰めた空気も緩み安堵の溜め息が漏れた。


但し目が点になっている人物が二名混じっていたのだが。


日米ハーフ故に日本語を理解出来る旧芸名:保津 周平なハリウッドスター、クー・ヒズリと、クーの通訳無しでは全く日本語を解さない映画監督、ハワード・S・デイモンその人であった。



『……あ~、クー?』



『…何だ?
ハワードよ。』



『あの歌姫にくっついて来た馬鹿でっかい黒いのは何だ?』



『…彼女の兄貴で日英ハーフの俳優だそうだ。
別の映画の撮影で渡日した彼に同行していたから彼女を見つけられたって事だな。』



『…本当に兄妹か?
ありゃどう見ても自分の女に色目使うなっつー面構えだがなぁ。』



『…ボスから聞いた話じゃ、お互いとんでもないブラコンのシスコンだそうだ。
一歩間違えばアブナイ関係ギリギリ、だとさ。』



『……ほ~。』



ローリィから蓮とキョーコの事情を聞かされていたクーは暴露する時期が来るまではハワードにも教えないと約束させられていたため、“ヒール兄妹”の設定をそのまま伝えたのだが、内心は彼ら二人の成長ぶりを喜ばずにはいられなかった。


(“彼”の言ってた殺 人鬼を演じる男とその妹、か…ボスも色々考えてるな…。)


クーはただ立ち合う形で収録を見守り、ハワードは面白そうに二人の様子を眺めていた。




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【~~~~♪~~~♪♪~】



3回ほど通しで歌った“セツカ”だったが、自身で納得がいかなかったのか大きく溜め息を吐いて録音ブースから出てくると、ハワードとクーの前に立ち、不満げに意見を求めた。



『ねぇ、この映画どんなストーリーなの?
楽譜とメロディーだけじゃ気持ちが上滑りしちゃうの。
映画の内容と歌詞がマッチングしているなら理解しないと歌に違和感が出るのよ。
監督さんでもクーパパでもいいわ、話せる範囲でいいから教えて?』



マッチングしてないなら歌詞の意味だけ踏まえて解釈するけどと手元の楽譜にらめっこするセツカに、ハワードとクーは顔を見合せ、愉しそうに笑った。











最後のセッちゃんの意見はいりるの個人的主観です。

本物の歌手の皆さんがそうやってレコーディングしてるかどうか、業界内を知る由もないいりるの完全妄想ですからね!?


石投げないでね!?←どんだけビクついてんだか(-_-;)