【初めての夏休み~古高俊太郎(前編)】 

 「はぁ、やっぱりお着物って暑いなぁ…… 。せっかく菖蒲姐さんに綺麗にしてもらったのに……」

私は少しでも涼を取ろうと、片手で首筋をひらひら扇ぎながら深いため息をついた。
地上から燦々と照りつける太陽は、早朝に打ち水をした表通りの地面をからからに乾燥させて、きっちりと仕上げてもらったお化粧をも容赦なく剥がした。
土埃を巻き上げながら足早に向かっていたのは、あの人との待ち合わせ場所だった。

「ごめんなさい、支度に時間が掛かっちゃって……」

「ええよ、そない顔せんでおくれやす。こない事言うたら男らしないて思われてまうかもしらへんけんど、かいらしいあんさんとの逢瀬やさかい、けったいな格好では並んで歩かれへんと、色合わせに時を忘れてしもて……わてもつい先刻来たばかりどす」

そう言って爽やかに微笑む彼の額は、長時間日光を浴びたせいでうっすらと汗が滲んでいた。

「この先は畦道続きやさかい……」

流れるような所作で差し伸べられた手の上に導かれるように右手を重ねると、透き通るような白さの指先でしっかりと包み込んでくれた。時折吹く青田風が、火照った頬を擽っていった。
 弾む心を落ち着かせながら暫く歩くと、大きな清流に突き当たった。

「ほなこの辺りで一休みしまひょか」

そう言うと、懐から大きめの手拭いを取り出し、手早く折り畳んで川原の小石の上に敷いた。

「かいらしい姫君、どうぞお掛けになっておくれやす」

「ありがとうございます……あ、でも俊太郎さまは……?」

一人分の広さしかない事に気付きおどおどしていると、目を細めて口の端を持ち上げた。

「わての事やったら気にせんといて。ささ、早う」

背を優しく支えられながらゆっくりと腰を下ろした。俊太郎さまは私の隣にしゃがむと、下を向いて真剣に何かを探し出した。

「大丈夫ですか? 何か落としてしまったなら、私も一緒に探します」

声をかけると、ふと我に返ったように顔を上げて私に視線を移した。

「心配掛けてもうてすんまへん。何も落としとらへんよ。ただ……こないようさん石の転がっとるんを見とると、何や童心に戻って水切り遊びでもしとうなって……はは、ええ歳やのにあきまへんな」

「そんな事ないです。俊太郎さまのそういう所も素敵だと思います」

川の水面(みなも)が弾いた一筋の陽の光を浴びた彼の頬は、心なしか朱色掛かって見えた。

「これがええ」

平べったい相手に取り徐にに立ち上がると、右腕で美しい曲線を描きながらそれを投じた。

「わぁ……すごい!」

石はまるで魔法に掛かったかのように清流から何度も顔を出してきれのある踊りを見せた。

「あんさんも一緒にやりまへんか?」




~執筆後記~

久々に艶小説です☆
こちらは今年の桜の時期にいずみんさん、姉ままねこさん主催で京都島原大門近くのギャラリーのざわさんにて開催された島原☆大同窓会に書き下ろし出展させていただいたものの原文です。
原稿提出の時期も入院闘病生活を送っており、迷惑かけっぱなしで…本当にすみませんでした。。
そしてなにより記念に残るこのような素敵なイベントに参加させていただけた事に心より感謝しております。

えと…旦那さまはやはりイチオシの俊太郎さまで、、寒い時期にもかかわらず、夏を選択という無謀っぷり(笑)
後編も近日公開予定です☆

皆様、先日は沢山のメッセージ、コメントありがとうございました!!
現在も頭蓋底脳腫瘍という突然の重い病と闘いながら、入院生活を続けております。
おかげさまで術後の経過は順調で、今週リハビリ病院へ転院することになりました。
そして…私事ばかりで恐縮ですが、明日7月7日の誕生日には外出許可を貰い、親に誕生日祝いをしてもらえる事になりました。
辛くないといえば嘘になりますが、まさか術後ひと月でここまで回復できると思っていなかったので、とても幸せです。
まだ手術は最低一回はあるとのことですが、二度も助けられた命…これからも大切にしていきたいです。

皆様が素敵な七夕を過ごされることを心よりお祈りしております。