ソウルから車を走らせて約30分ほど。漢江をはさんで、江南区の向かい城東区を越え、竜馬山のふもとの、
小高い丘の上にその家はある。
川沿いにそびえ立つウォーカーヒルホテルをさらに眼下に見下ろして、急な坂道の途中。
ある銀行家の別荘だという噂の邸宅の前で、オレはわざとタクシーを降りる。
目指す家は、さらにこの坂の上。
その坂道に一歩踏み入れた瞬間、オレはさらわれるように、突然背後から抱き込まれた。
「あッ・・・」
力強い腕が、オレの胸のまえで交差し、身動きできなくする。誰?と思ういとまもなく、すぐに首筋にフワッと
乗せられたその頭。
「ユノ・・・」
おまえの匂いに一瞬にして包まれる。オレを襲う眩暈。風が甘くなる。
ギュッと抱き締めて離さないのは、まだオレがこのままどこかに逃げてしまうと心配しているからだろう。
巻きついたまま、動かなくなった硬い指を、そっとさする。
「こんなに冷たくなって・・・なかで待ってればよかったのに・・・」
そう笑うと、なおさらに込められる、その腕の力。指を結ばせてくれないほど、オレの身体にしがみつく、
子供のように縋る腕が、なぜか苦しいほどに痛くて、切ない。
「ユノ?・・・」
「嫌だ」
首筋にかかる息が、思いつめたひとのような気配をまとい、オレのうなじを這う。
「・・・ぁ」
小さな刺激が命取りになる。オレ達の普通じゃない愛。その愛し方。
「一秒でも早く、おまえに会いたい。一秒でも早く、おまえをみつけて、こうして抱きたかった。じっと家で待っているなんて出来ない」
歪んだ欲望でも、許されない愛情でもいい。吐かれた本音は、いつだってオレを、迷えなくする。
「ユノ・・・早く、家に入ろう。寒いから・・・」
オレは坂の上に、ぼんやりとともる灯りを見上げる。黒い木立の隙間で、その家はオレ達を待ち構えていた。
「ジェジュン・・・」
言うが早いか、オレの手をつかむと、ユノはオレを自分のコートの中に隠すように引き寄せた。
そのまま、エスコートするように歩き出す。
こんな山の中の、人影すらない暗い道。
ウォーカーヒルのホテルの灯りさえ、遥か眼下に広がるだけ。
その光さえ、黒い漢江の闇のなかに消えてしまいそうなのに。
「誰もいないし、来ないよ・・・・ここまでなんて、ねえユノ?」
「おまえを誰にもみせたくないんだ」
真剣なユノの横顔。まるで戦士のようだと思う。
オレとこうしてまた会う2週間の間に、ユノの身に何が起こっているのか、きっとオレはその半分も
想像さえ出来てはいないだろう。
腰を抱かれて、ユノに手を引かれ、オレはまたあの部屋へと向かっている。
オレとユノを、ふたたび結びつけたあの部屋へ。
所属事務所を相手取り、専属契約の効力停止を求める仮処分を申請したオレは、
メンバーの合宿所だった江南区のマンションをその後、追い出されることになった。ユチョンやジュンスとともに。
オレはマンションを出たあと、それでも3日に一度の割合で、ユノには会っていた。
でも、それが一週間に一度、一ヶ月に一度になり、お互いの思うことの半分も伝えられない日々が続いて、
やがてユノとの連絡そのものも、ままならなくなっていった。
あらゆる噂が、オレ達を取り巻き、オレ達を引き裂こうとしていた。
そうして気がつくともう、ユノに2ヶ月も会えていない状態が続き、とうとうそれが5ヶ月を過ぎたとき、
ユノからのメールがオレのもとに届いた。
「ジェジュン。おまえとふたりで過ごす家をみつけた。明日、来てくれ」
時間と落ち合う場所を待ち合わせ、ユノに伴われてあの家を訪れた最初の日。
その異変に、オレは気づいた。
『ジェジュン、元気か?いま、何してる?』
『無理するんじゃないぞ。ちゃんと少しでも、食べろよ。おまえはもともと少ししか食べないから、
それが俺は心配だ』
なにかにつけ、オレの身を気にかけてくれていたユノ。
毎日のように送られてくるメールに、ふたり離れている現実を忘れようと、オレははしゃいだ返事を送り続けた。
それでも、オレの仕事がみるみる増えていくにつけ、ツアーやレコーディング、日本やその他の海外での
活動など、あまりに忙しくて、ユノに連絡の出来ない日々も増えていった。
オレの心が折れたりしないように、オレがちゃんと自己管理出来るように、ユノはいつも励ましてくれていた。
そんなユノは、最愛の恋人であると同時に、やっぱりオレの、たったひとりのリーダーだった。
でも、オレを気づかうそのメールを最後にオレに寄こした頃、精神的に限界がきていたのはユノだった。
そう、ユノの心は、オレのせいで、ズタズタに壊れかけていたのだ。
<続>