江南の宿舎の駐車場に、ワインメタリックの新型ジャガーXJが停車した。
高級車の多いソウルにあっても、ひと際注目を集めそうなその車から降りてきたのは、背の高いどこか異国風の独特の精悍な顔つきをしたソンギと、ジェジュンだった。
まだ夜の明けきらぬ、春先の午前4時過ぎ。
さすがに人影のない肌寒い駐車場に、車が到着すると同時に、待ち構えたように現れたのは、東方神起のリーダーのユンホ。
彼はためらうことなく、その長い脚でまっすぐに歩いてくるふたりへと近づいた。
「ユノ・・・?」
ふいに、眼の前に現われた人物にハッと気づき、ジェジュンはうつむいていた顔をあげた。
その彼の肩を、ソンギはまるで寄り添うように抱き寄せている。
飲みすぎた酒でも、その細くしなやかな身体の内に残っているのか、どこかおぼつかいジェジュンの足取りに、ユンホは鋭い視線を走らせる。
ジェジュンの全身を一瞥するように素早く確認した眼線は、すぐに隣の男にも向けられた。
「やあ、ユンホ君」
「・・・・・」
「ユノ、待ってて・・くれたの?」
ユンホの無表情とも取れる顔を見上げて、ジェジュンが驚く。
ソンギのベッドルームで眠りに落ちたまま、まだ起きぬけの気だるさと、わずかな酊酩感の名残りから、どこか茫洋とした漆黒の深い湖のような、男にしては大きすぎる瞳には、言葉にしがたい独特の色香が漂っている。
酔っぱらったときの、ジェジュンはひどく幼く可愛いと、ジュンスやユチョンが年上のジェジュンを、年下のようにからかっているのを、何度かユンホはみかけたことがある。
いまもユンホに向けられた、子供のように少し舌足らずなジェジュンの問いは、まるで小さな吐息のようだった。
女なら、いや、たとえ男でも、彼を放っておけないような、ジェジュンだけが持つ、不思議な庇護欲を誘うその色っぽいあやうさ。
だが、その様子に微笑んでくれたのは、ユンホではなくソンギだった。
「これから帰るって、ジェジュンを起こす前に、俺が彼に連絡しておいたんだよ」
「あ、そっかぁ・・・」
ソンギに言われて、素直にうなづくジェジュンだったが、無言のままのユンホの反応を窺うような一瞬の間を、その場にいたふたりの男は察知していた。
「帰ってきたか・・・ジェジュン」
ユンホの声は低く、厳しかった。まるでこの冷たい外気のなかに、何時間も佇んでいたかのように、その眼と声音に、温かな気配は窺いにくい。
その瞬間、ピクリと、ジェジュンの身体がソンギの腕のなかで傾いだ。
「う、うん・・・遅くなっちゃって、ごめんなさい」
ユンホの声に同調した、張りつめた気配のその声。
ふたりで酒を飲んでいたときの楽しそうな様子とは打って変って、どこかひどく気遅れしたように、ユンホを気づかいながら謝るジェジュンに、ソンギはフォローを入れる。
「謝らなくていいよ、ジェジュン。誘ったのは俺なんだから」
大丈夫と、肩を抱き、眼の前まで歩いてきたユンホに、ジェジュンを引き渡す。
相変わらず抱きよせるようにして置かれていたその手が、ユンホのみている前で、なんのてらいもなく、ジェジュンの細い腰にまわされる。
少しもユンホなど意識していないかのようなソンギの眼が、やっとまともに出迎えたユンホにあてられる。
「じゃあ、確かに、この子は送り届けたよ」
ソンギが言うが早いか、ユンホは奪い返すようにジェジュンの腕を引きつかむと、ガッと自分の胸に抱き寄せた。
「遅いぞ、おまえ。先に帰っているかと思ったのに」
自分より先に宿舎に戻り、ジェジュンはユンホの帰宅を待つのが通例であることを、言外にソンギに匂わせる。
「でも、ユノだって今じゃないの?」
「違う、俺はとっくに帰ってた」
『HEAVEN』でみたままの服装に、しかも首にはマフラーを巻いたままだったユンホの姿にあらためてジェジュンはびっくりし、マジマジと彼を見上げる。
そんなやり取りには構わずに、ソンギは相変わらず頬笑みを浮かべたまま、ジェジュンに向かって右手を挙げた。
「それじゃあ、ジェジュンまたな」
その場を去ろうと向けられた背を、ユンホの声が引き止める。
「ちょっと待ってくださいよ」
ゆっくりと半身だけ振り向いたソンギに、ユンホが詰め寄る。
ふたりそうして接近すると、まるでどちらもが彫像のように、長身で、鍛え抜かれた抜群のスタイルの持ち主であることがひとめでわかる。
特にソンギはユンホよりも年長者であり、韓国芸能界にあってデビュー当時より騒がれたほどの、モデルばりの体格とルックスで有名だった。
そのキャリアの分だけ、ユンホより強烈な個性と、独特の空気感がこの男のまわりには常に纏わりついていた。それは誰しにも真似できない、ある種の確かなカリスマ性だった。
リー・ソンギを知らない業界人は、いまの韓国芸能界では成功しないと、まことしやかに囁かれている噂は果たして本当なのだろうか。
ただの噂とだけには思えない、ソンギのアーティストとしての実績とその強いオーラ。
普通なら、彼のような人間がもつはずの近寄りがたい雰囲気を感じさせないのは、ソンギのよくみせるその笑顔の効力だった。
男にも女にも人気のあるソンギには、どこか異国の太陽神のような魅力が内包されていた。
「なんだい、ユンホ君?」
棘のない声に、ふわりとした頬笑み。ソンギはどこまでも悠然とし冷静だ。
だが、ユンホにはひとつの確信があった。
噂の根幹には必ず、隠された火種がある。そしてその火種の糸口を、何も知らない自分ではないことを。
(こいつのツラの皮を、必ずはがしてやる・・・)
ユンホのソンギに対する疑念を、ジェジュンはなにも聞かされてはいない。
まして、あの『HEAVEN』で、ジェジュンと同伴していたこのソンギに出会うなど、夢にも予想していなかったユンホの敵対心は、今夜をさかいに、ほとんど憎悪に変化しつつあった。
相変わらずニコニコと笑顔を浮かべるソンギに、ユンホの声は辛辣に響いた。
「いま俺たちはツアーに向けてリハがスタートする時期なんで、こいつを連れ歩かないでもらえますか」
「ユノッ?!・・・」
いったい先輩に向かってなにを言いだすのかと、ぎょっとして慌てたジェジュンが、聞き咎め、ユンホを制した。
だが、そんなジェジュンを気にもせず、ユンホはなおも云い募る。
「いま、俺たちはアジアツアーに向けてリハがスタートする時期なんで、こいつをもう連れ歩かないでもらえますか?ソンギ先輩」
先輩という呼び名に、怒気を故意に込める。
おまえが邪魔なんだと、言外の忠告に、ソンギはどんな顔をするのか。ユンホは反応を見極めようとした。
だが、太陽神の微笑に、わずかの変化も見当たらない。
ソンギの声は、ユンホにも優しかった。
「別に連れて歩いてはいないよ、。オレの部屋でふたりで、過ごしてただけだから・・・」
そうだろ、ジェジュン?
その視線と声は、ユンホに向けられたものより、ずっと甘く、セクシーだった。女性ファンを虜にするソンギの魅力の最もたる特徴だ。
「そ、そうだよ。ユノ・・・・オレ、ヒョンの部屋でずっといたから・・」
「ヒョンだと?・・・」
ユンホが訝しげにふたりを見比べる。そしてジェジュンになにか言おうと口を開いたとき。
「まさか君の事務所は、他の事務所のアーティストと酒を飲むと、体罰でもされるのかい?」
クスっと笑い、ソンギは可笑しそうにユンホを見返した。
「それでも俺は、誘うけどね・・・この子を。君に声をかけることはないから安心するがいい」
「かけられても、俺は断りますよ。ソンギ先輩」
「はは。そうかい・・・・楽しかったよ、ジェジュン。おまえは?」
「あ・・・・ぉ、オレ…オレも楽しかったです・・・」
ユンホを窺い、それでも恐る恐る、ジェジュンは正直にソンギにそう答えた。
「また誘ってもいいだろ?」
ニッコリと微笑むその太陽神のような整った風貌のソンギは、なんと魅力的な男だろう。
それはジェジュンの憧れに近い姿でもあった。ソンギの人間性も才能も、すべてが自分のめざす理想像にあまりにもあてはまるのだから仕方ない。嘘など、つけない。
たとえ自分の腕を引きつかんだままのユンホの機嫌がどんなに悪いとわかっていても。
「うん・・・また」
「じゃあな・・・」
ソンギは手をあげると歩き出し、止めてあるジャガーXJのまえでもう一度ジェジュンを振りかえった。
ジェジュンが黙ってそれを見送ろうとしていたとき、グッと掴まれていた右腕が離され、ユンホがソンギを追いかけた。
「ユノ?・・・」
駆けだした広いその背中は、もうソンギに追いついていた。
「どうした・・・の?!」
車の前で対峙したふたりに、なぜか一歩も近づくことが出来ずに、ジェジュンは愕然とその場で立ち尽くしたまま動けずにいたのだった。
to be continue・・・・・