これでラストです。
いやあ、本当に難産でしたが終わらせられました。
苦労してくうちに段々長くなってしまったこの話、少しでも心に残るものになってたら嬉しいです。
偽りの蝶が酔う夢は【後編】
キョーコにとっては衝撃の出来事から2ヶ月後。
そう、あれからそのくらいしか経ってないというのに、蓮との関係は劇的に変化していた。
「ごめんキョーコちゃん、遅くなった。」
「ううん、大丈夫。それほど待ってないから・・・ってちょっと、蓮君。息切れしてるじゃないの。
急がなくていいってあれほど言ってるのに・・・。」
「いやいや、そういうわけにはいかないでしょ。
寒空の下、待たせてるんだからさ。」
「やだ、気にしなくていいわよ。防寒はバッチリなんだし。」
「それに君との時間が減るのも避けたいからね。」
「も、もう・・・馬鹿・・・。」
こう口にし、赤くなった頬を両手で隠してしまうキョーコ。
上記のやりとりから既にお察しいただけてるだろうが、蓮とキョーコはあれから頻繁に待ち合わせし会っている。
ちなみにこの2人、馬鹿ップルみたいなやりとりなのに付き合ってるわけではない。
初めについた嘘設定のまま、同い年の友人として会っているだけだ。
もっともキョーコの方の心情は大きく変わっているようだが。
武装してる日中は避け、すっぴんで会う夜を心待ちにする日々。
取り返しがつかなくなる前にこの逢瀬をやめるべきと、頭では分かってるのにそう出来ないジレンマからか彼女は、ここ最近ずっと考えてたことをつい口にしていた。
「ねえ、蓮君。蓮君はやり直したいと思ったことってある?」
「え、俺はないけど・・・キョーコちゃんはあるの?
やり直したいこと。」
それはもちろん貴方との出会い方や今の関係だなんて、当人に向け答えられるわけもない。
よって聞いてみただけと返すことで話を打ち切ろうとしたのだが、この選択は間違いだったようだ。
いきなり側壁に背を押し付けられたキョーコは呆然と、先程まで隣を普通に歩いてたはずが今は自分を囲う腕の主を、雰囲気を豹変させた蓮を見上げていた。
「やれやれ。俺としてはもうちょっと時間をかけるつもりだったのにな・・・こうなったのは君のせいだよ、キョーコちゃん。」
そう告げる否や、仕掛けられる深い口づけ。
まるで意識を刈り取らんばかりのそれに初心者が抗えようはずがなく、案の定脱力状態になったキョーコはそのまま運び込まれた蓮の自宅にて半強制的に大人の階段を・・・もとい、年齢に見合う体に変えられたのだった。
そんなことがあった翌日。
まだ早い時間帯のため人通りがほぼない中を、動きづらい体に鞭打ち必死に自宅へ逃げ帰ったキョーコは、布団の中でその日1日を過ごした。
おかげで夕方にはまあまあ動けるまでに回復したのだが、それは初欠勤を心配し訪ねてきた友人が見逃すレベルにまでは達してなかったようで、早々に追及を受けてしまう。
「はぁ~・・・まずはおめでとうと言うべきなのかしら・・・。」
全てを聞き出し終えた奏江の開口一番の台詞に、キョーコは眉尻を下げて苦笑を返すだけだった。
「まさかあれほど嫌い合ってた相手と、それも生徒とそうなっちゃうなんてね・・・で、これからどうするのよ?
何も言わず、ただの教師に戻るの?それとも「もちろん恋人として付き合うに決まってるじゃないですか。」」
質問の最中割り込んできたのは、キョーコではなく第三者。
慌てて声がした方向を向けば、そこには蓮が笑顔で佇んでいた。
「どうも。女性しかいない部屋のドアの鍵がかかってないのは、些か不用心ですよ。
まあそれはそうと、ありがとうございました琴南先生。
貴女が道案内してくださったおかげで俺は、こうもすんなりとキョーコちゃんのところへ辿り着くことが出来ましたよ。」
人の後をつけた上不法侵入までしてるのに、全く悪びれたところが見当たらない。
これは聞きしに勝る相手だと思いつつ奏江は、固まったままの友人に代わって淡々と湧いた疑問を解消してく。
「・・・いつから気付いてたの。」
「キョーコちゃんが最上先生だということにですか?
それならわりかし初めの頃に気が付きましたよ。
ちょっとした違和感からすぐ結び付きましたので。」
「だったら何故嘘に付き合ったのよ?
アンタたちって会えば喧嘩する間柄のはずでしょうに。」
「ええ、まあ。よく言う犬猿の仲って感じでしたね。
でも俺は素のキョーコちゃんを知りこれ以上ないくらい惹かれた・・・彼女の方もまた同じに見て取れたので黙ってたんです。」
「ふぅん・・・本気だから口を噤んでたし手も出したってわけ・・・・・・ちょっとキョーコ、アンタいつまで呆けてる気?
もう私は消えるから、正気に戻ってちゃんとそこの狼と話し合いなさいね。」
唐突にこう話を切り上げ、縋るような目を向けてくるパジャマ姿のままのキョーコと、どさくさ紛れにその体を腕に収めやんわり早く帰れと促す蓮を残し、奏江は1人とっとと部屋を抜け出す。
そして足早にそこを離れながら思う。
何だあれは。腹黒にも程があるだろう、と。
一応真摯に返しちゃいるが要は、両想いと安心してて逃げられかけたから体で阻止しただけじゃないか。
それも縛り付けるのに最も効果的な方法と分かった上で。
厄介なのに捕まった親友を気の毒とは思うが所詮自業自得、こちらにまで火の粉を飛ばすのは勘弁してほしい。
とはいってもこの先も巻き込まれそうな予感がひしひしとする彼女は、思わず大きなため息をついてしまうのだった。
偽りの蝶は甘い夢に酔わされる・・・。
捕食者の檻の中、友の心など知らぬままに・・・。
おわり