母子健康手帳の便色カード物語 | 胆道閉鎖症・乳幼児肝疾患母の会 肝ったママ’s

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便色カードで早期発見 No more 脳出血!

 2012年から、全国全ての母子健康手帳に収載された便色カード、当時新聞やマスコミなどでも「母子手帳にうんちの色のカード!」と取り上げられたので、知っている方もおられるかと思います。

 このカード、一見7つのカラーチャートが刷ってあるただの紙のカードにも見えますが、このカードには色々なストーリーがあります。

 『胆道閉鎖症』、小児外科の世界ではよく知られた難病ですが、一般の方々にはあまり聞いたことのない病名です。この病気は、生後何らかの原因によって、肝臓から腸へ流れる胆道が塞がれてしまい、胆汁が流れなくなって肝臓のなかに溜まってしまう病気です。日本では、およそ9,000~10,000人に1人の割合で、毎年産まれてきています。また、男児より女児に若干多く見られる病気です。

 胆道閉鎖症は、何もせずに放置すると胆汁が肝臓に溜まってしまい、肝硬変となります。肝硬変から肝不全に進行してしまうと死に至る病気で、半世紀ちょっと前までは小児の「不治の病」でした。1950年代に、東北大学の故葛西森夫教授が、肝臓と腸を繋ぐ「肝門部空腸吻合術」という通称「葛西手術」という手術を考案し、これによって、多くの赤ちゃんが救われることになりました。しかし、葛西手術は、早期のうちに行わなければ効果は出ず、病気の発見が遅かった赤ちゃんは、手術を受けても改善されずに命を落としました。また、葛西手術を施しても、一部の赤ちゃんは胆汁がうまく流れず、やがて肝硬変となり、命を落としました。

 その後、1960年代にアメリカのスターツル医師が肝臓移植を成功させると、葛西手術でも助けられなかった命が、肝臓移植をすることによって救われるようになりました。日本では、長らく脳死移植が認められず、また認められたあとも脳死提供ドナーが現れることが稀なため、「生体肝移植」が発展いたしました。現在では、日本の小児の肝臓移植は、9割近い成功率を誇っています。

 病気に対する治療は、葛西手術や肝臓移植が考案され、また薬品の方でも優秀な免疫抑制剤などが開発されたことにより、肝臓移植の生存率も飛躍的に進歩しました。しかし、病気についての発見は、なかなか早期にはなされず、発見した時には葛西手術の「治療黄金期」と呼ばれる「生後60日内」を過ぎていたことで葛西手術の効果が現れなかったり、または胆道閉鎖症の合併症である「ビタミンK欠乏症」による「脳内出血」などで、命を落としたり、重い後遺症や障害を残す赤ちゃんは絶えませんでした。

 現在の医学は、予防医学も重視され始めています。保険制度により国に医療費負担がかかる以上、限りある財源を適切に分配することも大切です。病気を予防したり、早期に発見して早期に治療することで医療費の節約になりうることもあります。また、QOLの観点からも、早期に発見、早期に治療することで、後遺症や障害になるリスクを下げることもできます。その結果、医療費の節減にも繋がります。

 胆道閉鎖症は、早期に発見することで、(1)ビタミンK欠乏症による脳内出血の回避(2)早期の葛西手術による良好な効果、という二つのメリットが考えられます。また、(2)の早期の葛西手術による良好な効果が得られれば、肝臓移植という治療を避けることができたり、あるいは自己肝での生存期間をのばすことで、月齢の小さい赤ちゃんに対する肝臓移植のリスクを減らすことも挙げられます。

 胆道閉鎖症の早期発見は、長い間唱えられてきましたが、具体的な方策はされてきませんでした。なぜならば、この胆道閉鎖症の病気は、小児外科の専門医でも多くの検査をして、開腹手術して初めて「確定診断」ができるほど、難しい病気だからです。

 胆道閉鎖症には、いくつかの症状があります。(1)黄疸(2)淡黄色便・灰白色便(3)褐色尿の3つの症状がよく見られます。しかし、このうち(1)黄疸は、新生児にはよくある「新生児黄疸」や「母乳性黄疸」と時期が重なり、見逃されやすい症状です。また、(3)褐色尿は全ての胆道閉鎖症児に出るわけでもなく、また脱水している乳児にも見られる症状ですので、これも混同されがちです。(2)の淡黄色・灰白色便につきましては、今でこそ「淡黄色便」という認識も広まりつつありましたが、過去の小児外科の教科書、医師の国家試験問題、育児書などなどでは、すべて「灰白色便」「白っぽい便」で記載されておりました。しかし、これには二つの問題が有り、一つは、ロタウィルスに代表されるウィルス性胃腸炎の下痢便と混同されやすいこと、もう一つは「白くなければ大丈夫」という誤った認識に繋がることでした。こうして、3つの症状のどれもが、別の疾患と混同されたり、間違った認識に繋がったりしてしまうことで、なかなか胆道閉鎖症という病気が早期に発見されることは難しい状況でした。

 こうした中で、私たちは、(2)の便の色に注目いたしました。私たち胆道閉鎖症の子どもを持つ母親の経験談では、胆道閉鎖症の赤ちゃんの便の色は、「必ずしも白ではない」ことでした。薄い黄色であったり、レモン色であったり、薄い緑色であったりと、「色が薄い」ことが共通点でした。しかし、「色が薄い」ことを医療関係者に相談しても「白くないから大丈夫」と言われて、早期発見の機を逃した赤ちゃんは大勢いました。早期発見を逃した赤ちゃんの中には、病気が進行して、「ビタミンK欠乏症」となり、脳内出血を起こして初めて病気がわかった赤ちゃんがおられます。脳内出血を起こすことで、赤ちゃんは重い障害を負ったり、命を落としたりしました。また、葛西手術の時期が遅くなったことで、肝硬変が進行してしまい、生後1才未満で肝臓移植を受けた赤ちゃんもいます。1歳未満の赤ちゃんの肝臓移植は大変難しく、また手術が成功しても、その後の感染症などで命を落とした赤ちゃんもおられました。

 胆道閉鎖症の赤ちゃんを持つ母親のほとんどが、「便の色の異常」には気がついたものの、受診まで至らなかったり、受診しても日にちが経ってしまったことを経験しています。しかし、「便の色の異常」は大半の母親が経験しており、また比較的「目に見えて気づきやすい」症状でもありました。そこに着目した医師がおられました。国立成育医療研究センター名誉院長の松井陽先生は、以前から胆道閉鎖症の早期発見に関心を持ち、一部の自治体と協力して、母子手帳に「便色カラーチャート」のカードを挟み込んで胆道閉鎖症の早期発見に尽くしていました。しかし、なかなか全国に広まらず、一部の自治体でのみ採用されていたため、この便色カラーチャートのカードの存在はなかなか知れ渡りませんでした。


 海外では、台湾の医師がこの「カラーチャートによる目視比較方法」で病気を見つけるやり方に触発され、台湾では独自の「9色便色カード」を台湾全国の母子健康手帳に印刷し、予防接種や乳児健康診査のスケジュールの中に「便の色チェック」の項目も取り入れ、数年で胆道閉鎖症の早期発見率が6割から9割近くまでに改善することに成功しました。こうした海外の実績が国際学会でも報告発表されるようになり、私たちはもとは日本の医師が考案した「便色カラーチャート」を一部の自治体だけではなく、全国の母子健康手帳に収載されるべきと考え、松井医師と連絡いたしました。〈写真参考〉


 折しも松井医師もそれまでの便色カラーチャートを見直してる最中であり、印刷業者と合同で「デジタル管理」による精度の高い便色カラーチャートを研究しつづけているところでした。また、ちょうどその頃、10年に一度の母子健康手帳改訂見直しの時期にもさしかかっており、私たちはこの改訂を機に、母子健康手帳への便色カードを収載することを要望、地方自治体の議員や学会、厚労省などに訴えてまいりました。

 2011年に神奈川県において、松井医師が当時最新の印刷技術を元に考案した新しい便色カードを母子健康手帳に収載するパイロット事業が行われました。このパイロット事業の成果によって、翌年の改訂で便色カードを収載するかどうかを検討することになりました。パイロット事業で使用する便色カードや、現在の母子健康手帳に収載されている便色カードのデザインや内容について、私たちも何度も成育医療研究センターに足を運び、患者家族として松井医師と話し合いを続けてまいりました。そして、その傍ら国会議員や厚労省にも収載を働きかけました。
(パイロット事業の評価については、こちら▶『胆道閉鎖症早期発見のための新版便色カードシステム導入パイロット事業に ついての評価に関する研究』

 新しい便色カードは、ただの紙にカラーチャートを印刷したものではありません。色というものは、一定の基準管理がないと印刷した時に現れる色の明るさや色の温度感が変わってきます。また、印刷物というものは、太陽の光に長時間照らされると紫外線により劣化してしまい、色が褪せることがあります。胆道閉鎖症は、「便の色」を観察し、その異変から早期の受診・診察・検査を促す目的が大きく、「色」に対する管理が厳密に行われなければなりません。なぜならば、前述のように、ウィルス性胃腸炎でも似たような色の便が排泄されることもあり、また乳児の腸内環境はまだ不安定なために、健常児でも色の薄い便が出ることも稀にあるからです。産後の不安定なホルモンバランスの中で育児をする母親に、いたずらに不安を仰がないためにも、便色カラーチャートの「色」も厳密に選択されています。カラーチャートの色の内、現在の便色カードにある「4番」の色は、最後まで松井医師が悩んでおりました。この「4番」という色は、健常児でも稀に排泄するからです。偶然、便色カードの最終案を決める前夜、私たちは成育で松井医師にバッタリ会い、「4番」についての意見を求められました。私たちのメンバーでは、「4番」の色で「白くないから大丈夫」と言われて帰されて発見が遅れた人もいましたし、「4番」の色が長く続いて異常を感じ、受診した親も大勢いましたので、「患者家族として、4番は外せない」と松井医師に伝えました。結果、松井医師は私たち患者家族の意見を取り入れてくださいました。

 便色カードは「公益社団法人日本技術印刷協会(JAGAT)」という団体で、色の管理や印刷に対する助言を行っております。JAGATさんのホームページでは、母子健康手帳の便色カードの開発について、「便色カード製作の経緯」という記事が掲載されております。印刷についての専門用語が多いのですが、この記事を読めば便色カードがただ単純に紙にカラーで印刷しただけのカードではないことがよくわかります。印刷に使用する紙から、印刷条件など非常に細かく規定されております。これは厚労省からも通達にあり、勝手に改ざんすると厚労省令違反となるものです。こうして、母子健康手帳の中には、一目でそのページとわかる便色カードが収載されることとなりました。



 便色カードは収載されて、今年(2016年)で4年目です。周りで近年出産したママ友には概ね好評です。また、助産師、保健師、小児科医など医療関係者からも、母親との共通の基準ができて説明しやすい、母親が異変に気づきやすい、胆道閉鎖症だけでなく、赤ちゃんの消化器系の異変にも気づくきっかけとなったなど、概ねメリットが挙げられました。しかし、一方では母親などから「胆道閉鎖症という病気についての情報が少ない」という声も聞きます。収載されたばかりのころは、一部の小児科医からは「4番で受診するのはいかがなものか」という意見もありましたが、最近はむしろ小児外科医から「早期発見の日齢が早まった」という声がありました。便色カードによる胆道閉鎖症の発見日齢も、そして葛西手術日齢も改善されているようです。

 まだまだ一部「白っぽい便」という認識は根強いですが、「胆道閉鎖症の赤ちゃんは、薄い色の便をする」ことに対する認識も普及してきたように思えます。何より、「母子健康手帳に便色カードがある」という事実は、赤ちゃんの便の色に対する親の意識や気付きを促す大きな役割があると思います。今後は、便色カードの病気の情報として不足な部分が、私たちの活動によって知ってもらえたり、医療関係者が便色カードをきっかけに親に説明する機会となれば、少しずつでもこの病気に対する認識が広まり、この病気を持って産まれた赤ちゃんが、一日でも早く適切な治療を受けられるようになればと願います。