7月28日の深夜。
ふと目を覚ますと、自分の顔の目の前を黒い棒のようなものが横切っていた。
よく見てみると人の腕だった。
最初は寝ぼけていたので、
(いつものようにS先生に施術してもらってるのかなぁ)
と、一瞬思ったが、
(いやいや、こんな深夜にそんなことはありえない。・・・・・・さては強盗に入られたか!)
全身に緊張が走り、腕と足を動かそうにも全く動かすことができず、
呼吸もしにくく息苦しかった。
恐怖で手足の自由がききにくくなったのかとも思ったが、心臓の鼓動のリズムはいつもと変わらない。
(なんだか妙だ・・・。)
自分の顔の目と鼻の先にある腕をじっと観察してみた。
手首のほうを見ると、僕の右肩に置かれていて、
そこから順に肘、肩と視線を上に上げていき、相手の顔を見ようとしたが、
手足とともに首も動かなかったので目玉だけを動かし、
かろうじて見ることのできる範囲は相手の肩口までだった。
肩口まで見ると和服の袖口が見えた。
どうも僕の寝ている体のすぐ左側に座って、右手で僕の右肩を押さえているようだった。
だが、不思議と押さえられているのに力は感じない。
(もしかして幽霊か・・・。でも、ここ20年以上は一回も見てへんし、ん~やっぱり強盗か。)
生身の人間なのか、幽霊なのか見極めようと、さらにじっと腕を観察してみた。
寝室は豆電球だけを点けているので薄暗かったが、徐々に目が慣れてきた。
(けっこう綺麗な腕やなぁ。腕の太さは僕よりも一回り小さいくらいか・・・。顔は見えないけどたぶん若い女性かな・・・。とするとやっぱり幽霊なんやろか・・・。)
しばらくジ~っと凝視していたが、手首のほうからジワ~とゆっくり腕が消え始めた。
(なんや幽霊やったんか)
(生身の人間じゃなくて良かった。生身の人間やったら、襲われてたら勝てる自信なかったわ。ほんま良かった。)
消えつつある腕を見ながら心から安堵した。
「幽霊なら気合でなんとかなりそうな気がする。」
恐怖よりも安堵の気持ちが強かったのは、たぶんそういう気持ちがどこかにあったからだと思う。
腕が完全に消えた後、体を動かそうとするが、やはり動かすことができない。そして、呼吸もしづらい。
(これが金縛りというやつか!!)
初めての体験に感動しつつも、急に尿意をもよおしてきた。
が、
体が動かないのでトイレに行けない。
気合でこの呪縛から解き放つために、
(どっか行け!負けるか!負けるか!負けるか!・・・・)
頭の中で「負けるか!」を連呼。
そのうち指が少し動くようになり、声もちょっとずつ出てきた。
「負けるか!」とはっきり発音することができず、
「ま゛あ゛~~」という声しか出せなかった。
それでも、少しずつ体の自由が戻ってきたので、
(あと数分したら、完全に戻りそう・・・)
と、思い始めた時に自分の足元を見てみると、
床から30cmくらいの高さのところを黒い布切れみたいなものが漂っており、
隣の部屋に入っていった。
(なんだろう・・・)
と、一瞬思ったが何より早くトイレに行きたかったので、自分の体の自由を取り戻すのに専念した。
そうすると、
僕の異変に気づいた彼女が目を覚まして、
『大丈夫??』
と声をかけてくれたのを皮切りに一気に金縛りが解け、呼吸も通常通りもとに戻って楽になった。
(金縛りって人に声をかけてもらうと一気に解けるんだ!)
金縛りについての新発見に少し感動。
『はぁはぁ・・・。ありがとう、助かったわ。』
彼女にお礼を告げ、そのままトイレに直行。
『なんやったん?』
と彼女に聞かれたが、怯えさせたら可哀想だと思い、
『悪い夢見てたわ。起こしてごめん。』
と、返事をしておいた。
彼女曰く、「呪怨」に出てくるような「あ゛あ゛・・・」みたいな声を僕は出していたらしい。
それがだんだん大きくなり、部屋中に響き渡るくらいに大きくなったので、たまらず声をかけたみたい。
言われてみれば、そんな声を出していたような気がする。
でも、呪縛から解き放たれようと、
必死に頭の中で「負けるか!」を連呼し、体の自由を取り戻すことに専念していたので、
自分が出している声まで意識が向かなかった。
生まれて初めての金縛りの体験を忘れないうちにメモろうと、
携帯を取り、メモの代わりに宛先のないメールを作成し、ことの詳細を記録した。
記録した時間は3時33分だった。
たまたまその日は霊感のある友人に神戸で会う予定だったので、
早朝のこの奇妙な体験は何だったのか、聞いてみることにした。