採点実感(憲法) | 大江ゆかりのブログ

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平成24年度新司法試験再現答案。
私は『とめはねっ!』に出てくる鈴里高校書道部唯一の男子部員、帰国子女です。
第14巻(最終巻)は平成27年5月29日発売!

平成23年新司法試験の採点実感等に関する意見(公法系科目第1問)
1 全体的印象
・途中答案が少なかったのは,喜ばしいことである。しかし,他方で,経年的に見ると,今年度の答案は,解答として論述する分量が少なかったように思われる。公法系科目第2問と試験時間が区分けされ,解答の時間配分に失敗することはないにもかかわらず,予測外であった。
・内容的には,判例の言及,引用がなされない(少なくともそれを想起したり,念頭に置いたりしていない)答案が多いことに驚かされる。答案構成の段階では,重要ないし基本判例を想起しても,それを上手に持ち込み,論述ないし主張することができないとしたら,判例を学んでいる意味・意義が失われてしまう。
・まず何よりも,答案作成は,問題文をよく読むことから始まる。問題文を素直に読まない答案,問題文にあるヒントに気付かない答案,問題と関係のないことを長々と論じる答案が多い。
・答案構成としては,「自由ないし権利は憲法上保障されている,しかしそれも絶対無制限のものではなく,公共の福祉による制限がある,そこで問題はその制約の違憲審査基準だ。」式のステレオタイプ的なものが,依然として目に付く。このような観念的でパターン化した答案は,考えることを放棄しているに等しく,「有害」である。
・憲法を,具体的な事例の中でどのように適用するか(活用するか)という観点からの答案が少なく,一般的,抽象的な憲法の知識を書き表しただけの(地に足が着いておらず,何が問題であるかを見抜けていない)答案が多かった。
・今年の問題は,日頃から日常生活を取り巻く法的問題に関心を持って自分でいろいろと考えをめぐらせていれば,特に難しい問題ではなかったはずだが,答案を見ていると,受験者は紙の上の勉強に偏しているのではないかという印象を持つ。
・「原告側の主張」と「被告側の反論」において極論を論じ,「あなた自身の見解」で真ん中を論じるという「パターン」に当てはめた答案構成によるものが多かった。
そのため,論述の大部分が,後に否定されることを前提とした,言わば「ためにする議論」の記載となっていた。このような答案は,全く求められていない。
・問題文の中に,考慮すべき事情があれこれと挙げられているのに,それらを十分に考慮しない答案がかなり見られた。基本的な知識と応用力を身に付けていれば,一通りのことを書くのは比較的容易だと思われるのに,法曹になるにふさわしい水準に達していない答案が多々見られたのが残念であった。
・表現の自由が出てこない,代わりに職業の自由を延々と書く,また,表現の自由が出てきても,極めて紋切型の答案に終始する,プライバシーについても紋切型で,設問の状況をよく考えずに,決まり文句を繰り返すという有様で,なかなか問題の核心に迫らないものが多かった。
・問題となる権利について十分な検討がなく,観念的・パターン的な論述に終始しているため,違憲性判断の論述の説得力も弱く,論証が不十分になっているとの印象を受けた。受験者には,問題文を読み込み,想像力を働かせて,少し条件を変えてみた場合はどうかなど思考上の工夫をしながら,事案の特殊性をつかみ,何を重
点に論じるかを考えてもらいたいと感じた。
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・原告側の主張,被告側の反論,あなた自身の見解がかみ合っていない答案,現実離れした答案が多いと感じた。問題点を的確に把握し,それを主張・反論,検討という訴訟的な形式で整理する実力が求められるので簡単ではないが,議論がかみ合っているかどうか,例えば,主張に対して反論が有効か,自身の見解がその対立点
を押さえた論述になっているかなどは,答案構成の時点できちんと意識的に検討してほしいと感じた。
・数は極めて限られるが,ハイレベルの答案も一定数あった。しかし,法律に携わる者なら,一度は関心を持ったことがあるはずの,インターネット上の表現等をめぐる問題であったにもかかわらず,極めて残念な答案が多かった。なぜ法科大学院修了者の答案が基本的欠陥を多く抱えるものであるのか,その原因を究明する必要
があると思われる。その一つとして,そもそも,問題点に即応した法律の小論文を書くことの訓練が不足しているのではないであろうか。法科大学院としても,ドグマから脱却し,法律実務家として必須である「ペーパーを書くこと」にも力を注ぐ必要があるように思われる。

2 訴訟形式
・訴訟形式の問いに全く答えていない答案が,いまだにある。問われている訴訟形式を書いていない答案の作成者は,法律実務家となる資質において極めて問題があることを自覚し,勉強し直す必要がある。
・仮に訴訟類型を判断できないとすれば,必要な基本的知識が明らかに不足しているし,うっかり問題文を見落とし,あるいは答案に書き漏らしたのだとすれば,法曹として最低限必要な注意力を欠くものである。
3 憲法上の権利の制約
・例年指摘しているように,原告側の訴訟代理人は,重要な憲法判例を知っており,主要な学説も知っていると措定している。したがって,何でも主張すればよいのではない。そのような主張は,「有害」でしかない。
・論述の出発点として問題とすべき権利自由について,表現の自由か営業の自由かという観点で十分な問題意識を持って検討した答案が少なかったのは意外であり残念。特にインターネット上で地図とリンクさせる形で画像を提供することの意味を十分に掘り下げて展開している答案が非常に少なかった。
・X社の主張で「表現の自由」を記載せず,「営業の自由」あるいは「ユーザーの知る権利」のみを記載する答案が,相当数あった。原告にとってどちらを主張するのが望ましいかを検討する観点が欠けているように思われる。原告の主張としてわざわざ「弱い権利」を選択するセンスの悪さは,結局のところ訴訟の当事者意識が
欠けていることに結び付くように思われる。
・制約される人権として営業の自由を立てながら,法令違憲の理由として,「届出がいけない」,あるいは「営業中止がいけない」などと,もっともらしい言葉を並べながら述べている答案が多く見られた。営業届や営業停止処分などは,数多くの業法に当然のように規定されており,日常もよくニュースなどで見聞きする事柄で
ある。常識に照らし合わせて自らの理論・主張を省みるという勉強態度も,実務家を目指す者の試験である以上,必要と思われる。
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・国家賠償請求との関係で営業の自由侵害の主張はあり得るが,その点で適切な論述をした答案は皆無であった。
・法人の人権享有主体性について長々と論じる答案が,少なからずあった。
・表現の自由に言及しているものについても,ユーザーの「知る権利」を中心に論じたり,Z画像機能の提供が,X社の「自己実現の価値に資する」とか,「民主政治の過程に資する」などと論じたりするものが数多く見られた。
・「検閲」を論じているものもあった。このことは,学説と判例における検閲概念を十分に理解していないことをうかがわせる。
・「表現の自由は,精神的自由なので裁判所の審査になじむ」という記述が多く見られた。しかし,この議論は,「精神的自由以外の人権制約は裁判所の司法審査になじまない」という命題を認めない限り成り立たないおかしな議論である。司法権の限界についての無理解からきていると思われる。
・表現の自由を述べているのに,違憲審査基準の展開に終始し,問題文のヒントに気付かず,実質的な,本件での表現の自由とプライバシーの権利の相克を書かない薄い答案も目立った。この手の答案は結局「実質的な関連性」などという抽象的なテクニカルタームを示して中身のない結論で終わっている。その原因は,権利をカテゴライズすると自動的に基準とか優劣が決まると思い込んでいることにあるように思われる。本件における表現の自由と本件におけるプライバシーの権利の調整という,事案に即した検討を行って,事案を解決するという意識が足りない。
・設問の事案に即して,情報提供の自由とプライバシーの権利との調整について,インターネットの特性を配慮しながら綿密に論じる答案も,数は少なかったがあった。
・インターネットによる地図検索システムの提供という権利について,表現の対象が個人情報も多く含まれる地図に関する情報・事実であること,伝達手段がインターネットであることなど,その権利の性質を,典型的な表現の自由と対比させつつ,いかに具体的に論理的な考察や検討を展開するかによって,答案の迫力に明らかな差が出てきていた。報道の自由と比較しつつ,情報・事実の伝達という点で共通する一方,それぞれの目的や自己統治の価値との関連性の程度等に差異があることに触れているものや,インターネットにおいては送り手と受け手の立場に互換性があること,インターネット特有の利便性があること,それゆえに容易に二次的利用等による弊害が拡大するおそれがあること等を丁寧に論じているものは,平素から正しい方向性をもって学習が進められ,出題の意図を正確に理解しているものと感じられた。
4 想定される被告側の反論
・被告側の反論が全く論じられていない答案もあった。問題文をきちんと読んでいないことがうかがえる。
・被告側の反論を書く際に,「検察官」と書いた答案も散見された。そもそも,行政事件で被告と検察官とを取り違えること自体,知識面でも求められる最低限の水準に達していないと言うほかない。
・「被告側の反論」の想定を求めると,判で押したように,独立の項目として「反論」を羅列する傾向が見られる。むしろ「あなた自身の見解」の中で,自らの議論

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を展開するに当たって,当然予想される被告側からの反論を想定してほしいのにもかかわらず,ばらばらな書き方をするために,かえって論理的な記述ができなくなっている(あるいは,非常に論旨が分かりづらくなっている)という傾向が顕著になっている。
5 法令違憲と処分(適用)違憲
・法令違憲と処分違憲の書き分けは一般的になってきたが,正確に内容を理解した上できちんと書き分けている答案は余り多くなかった。
・法令違憲を論ずるに際して,立法事実に照らして法令の規定がどうか,ということではなく,Xの個別事情をもって論ずる答案が目に付いた。これは,法令違憲と処分違憲とを混同しているものと考えられるが,両者を論じる際の考慮事由の差違をきちんと押さえる必要がある。
・処分違憲の審査で,法律適用の合法性,妥当性のみを論じる答案が今年も多かった。憲法との関係を論じないと,合憲性審査を行ったことにならない。本問では,「生活ぶりがうかがえるような画像」の公表を禁じることの合憲性をきちんと論じる必要がある。例えば,中止命令まで行うことは過剰な規制であるという主張も,
これだけでは処分審査を行ったことにはならない。
6 明確性の原則
・法文の「明確性」を観念的・一般的に論じる答案が,かなり見受けられた。本件の法律の規定は,個人情報保護法や個人情報保護条例に一般に見られる規定である。
常識に照らし合わせて自らの理論・主張を省みるという勉強態度も,実務家を目指す者の試験である以上,必要と思われる。
・「明確性の基準」について指摘するものの,第31条の問題としてのみ取り上げ,「表現の自由」そのものにおいて論じない答案が多かった。基本的な理解が至らないためか,そうでなければ,通り一遍(型どおり)の知識の詰め込みと吐き出しになっているのか,法科大学院での授業内容を自省せざるを得なかった。
7 事案の内容に即した個別的・具体的検討の必要性(パターン的当てはめの有害性)
・最初から終わりまで違憲審査基準を中心に書きまくるという傾向はますます強まっているように感じられる。最初にこの状況で適用されるべき違憲審査基準は何かを問い,この場合は厳格な(あるいは緩やかな)基準でいく,と判断すると,後は「当てはめ」と称して,ほとんど機械的に結論を導く答案が非常に目に付く。
・原告の主張を展開すべき場面で,違憲審査基準に言及する答案が多数あった。違憲審査基準の実際の機能を理解していないことがうかがえるとともに,事案を自分なりに分析して当該事案に即した解答をしようとするよりも,問題となる人権の確定,それによる違憲審査基準の設定,事案への当てはめ,という事前に用意したス
テレオタイプ的な思考に,事案の方を当てはめて結論を出してしまうという解答姿勢を感じた。そのようなタイプの答案は,本件事例の具体的事情を考慮することなく,抽象的・一般的なレベルでのみ思考して結論を出しており,具体的事件を当該事件の具体的事情に応じて解決するという法律実務家としての能力の基礎的な部分
に問題を感じざるを得ない。
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・観念的・抽象的・パターン的「当てはめ」という解答姿勢を取る受験者の心理は,一種守りの姿勢で,受験生心理としては分からなくはないものの,「事例に迫る」意気込みを感じないものであって,司法試験で事例を基に憲法問題を問うという出題の根本理念を失わせるものであり,極めて不適切であり,「有害」である。
・求められているのは,「事案の内容に即した個別的・具体的検討」である。あしき答案の象徴となってしまっている「当てはめ」という言葉を使うこと自体をやめて,平素から,事案の特性に配慮して権利自由の制約の程度や根拠を綿密に検討することを心掛けてほしい。
8 合憲性の検討
・原告,被告の主張を戦わせるのに,表現の自由とプライバシーとの実体的な関係について論じないで,審査密度の濃淡だけで優劣を論じているものがあった。違憲審査基準論を振り回すだけの形式論では説得力が生まれないことに気付くべきである。
・目的手段審査にとらわれず,両者の人権価値が本問においてどのように衝突しているのかを具体的に分析し,解決を見いだそうとする優れた答案も少なからずあった。しかし,他方で,具体的な分析ができているにもかかわらず,結論に近づいたところで,急に審査基準のパターンを持ち出したために争点から遊離して説得力を
失う答案も見受けられた。
・立法目的の正当性を肯定するのに「やむにやまれぬ政府利益」や「必要不可欠な公益」を挙げているものがあったが,本件における対立利益は個人のプライバシーであって「政府利益」や「公益」ではない。そのほかにも立法事実の分析が安易で,立法目的の設定に恣意的なものが目立った。
・システムの提供により個人情報が公にされ,プライバシーや肖像権の侵害の問題が生じることから,表現の自由との間で,憲法上の権利衝突の調整について検討すべき必要があることは容易に気付くことができたと思われるが,参考資料に掲げた仮想の法律が見慣れないものだったためか,抽象的な法律の文言等の問題にとらわれて,論点を見極めた十分な検討ができていないものが相当数あった。
・プライバシー侵害についても,決まり文句のように,プライバシー権は一度侵害されたら回復不能であるから保護の必要性が強いなどと記載し,本問では一度侵害された後の中止が問題となっていることとの整合性を顧みていないかのような答案も多かった。
・「人の顔や表札など特定個人を識別することのできる情報」についてはマスキングする一方,「家の中の様子など生活ぶりがうかがえるような画像」については,法で具体的に明記されていないとして修正しなかったという問題文中の記述から,後者の画像に焦点を当てて,個人権利利益侵害情報としてこれが保護の対象に含ま
れるかどうかの検討を求めていることは理解できよう。その際,法律上の規定の文言のみならず,当該画像が公道で撮影されたもので,カメラの高さ制限は守られていることなどに留意しつつ,生活ぶりがうかがえる画像としてどのようなものが映し出されるのかを具体的に想定した上で,特定個人の識別はされないとしても少な
くともどの家に居住している人の情報であるかが明らかな状況下で,この画像が公になることにより,具体的にどのような権利利益に影響が及び,どのような被害が

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生じる危険性があるのかなどを,インターネットの特性をも踏まえながら丁寧に論じることが求められる。
9 答案の書き方に関する一般的な注意
・常に多くの文字数分も行頭を空けていて(さらには行末も空けている答案もある。),1行全てを使っていない答案が,多く見受けられた。答案は,レジュメでもレポートでもない。法科大学院の授業で,判決原文を読んでいるはずである。それと同様に,答案も,1行の行頭から行末まできちんと書く。行頭を空けるのは改行
した場合だけであり,その場合でも空けるのは1文字分だけである。
・採点者は一生懸命読み取るように努力をしているが,悪筆や癖字,さらには,字が細かったり薄かったりして,非常に読みにくい答案が少なくない。もちろん,達筆でなければならない,ということではない。しかし,平素から,答案は読まれるために書くものという意識を持って,書く練習をしてほしい。