審判当日、私は審判前に審判官(裁判官)とまずは話をしなければならないと思い、午後からの審判だったため、午前中の時間を割いてもらい、直接話をすることにしました。しかし、悪いことは重なるもので、少年は実家が千葉だたっため、千葉家庭裁判所に移送されており、急いで千葉に向かったのですが、総武線快速が人身事故で止まってしまい、審判官と約束した時間に到着することができませんでした。何とか裁判所に着き、「10分だけでも話をさせて欲しい」と懇願して、時間を作ってもらいました。



審判官も事件の社会的影響を考慮して、逆送決定もやむを得ないのではないかという意見でした。私は、以前に担当した刑事事件で、20歳くらいの青年が同じようにオレオレ詐欺の共犯となり、5年の懲役刑を受けたことがあったので、その判決書を持参し、少年が同様に5年の懲役刑となり、貴重な20代の半分を刑務所の中で過ごせば、もはや社会復帰はできなくなると主張しました。そんな話をしている間に、審判の時間が来てしまいました。



少年審判では、主に審判官が事件の経緯や現在の心境などを少年に直接問いかけます。審判官の質問に対して、少年は素直に答えていましたが、淡々と話すのみで反省している様子はあまり見られませんでした。その後、審判官の質問が終わり、「付添人は何か質問がありますか?」と言われ、私は次の質問を少年に投げかけました。



「君は、この審判を受けるまでに、調査官と何度か話をしたと思うけど、自分のやったことがどんなに悪いことだったのか、思い知らされたと僕に話したことがあったよね。それは何ですか?」

すると、少年は、突然表情を曇らせ、号泣し始めました。泣きじゃくりながら、話したことは、「調査官から、僕がやったことについて、お母さんが賠償する義務を負うかもしれないと言われました。自分だけならまだしも、お母さんにそんな迷惑を掛けていたなんて、自分は何て馬鹿なことをしたのだろうと思いました。」



鑑別所で面会したときも、少年は同じように号泣していました。この気持ちを審判官にもぜひ伝えたいと思ったのです。私からの質問も終わり、10分間休憩を取って、審判官と調査官が審判内容について協議することになりました。休憩に入る前、審判官と調査官が顔を見合わせ、うなずいていました。



休憩の後、審判官が言い渡した審判は、「少年院送致」でした。被害者のことを考えれば、確かに逆送もやむを得ないのかもしれません。しかし、少年は、いつかは社会復帰をしなければならないのです。そのために最適な処分は、少年院送致しかあり得ないと今でも信じています。