立宇治学プレ月曜班会議
5月18日(火)昼休み

議事録執筆:たつや

①「国際協力活動をする中で感じた、自分の無力さや活動への疑問、矛盾、葛藤、苛立ちなど負の感情について」

●道端にゴミを捨ててしまった(現地ではそれが普通)。
●豪華パーティーを催してくれるのは嬉しいが、自分たちはそれ程偉大なことをしているのか?
●現地の果実や木の実を生で口にすることができなかった。
●親切心で屋台のジュースを買ってきてくれたが、飲むことを禁じられた。
●募金活動中、野次を飛ばされた(そんなもん政府にまかせとけ!)。
●ワーク中、ドライブなど遊びに誘われ、乗ってしまった。
●建築作業にきたつもりが、草むしりなどを任された。
●ジョブレスになり、存在意義を見失った。
●ドリルなど技術的な作業は大工さんがやった方が効率的なのに、学生にも「体験」させてもらい申し訳なかった。
●狂犬病を恐れ、可愛い動物に触れられなかった。
●ボランティアする時、楽しむことしかしていないのではないか?(楽しんではいけないというようなニュアンス)と言われ、ボランティアとは何なのか疑問に思った(自己犠牲すべきなのか)。
●ボランティアは楽しくやっていいとは思うが、楽しむだけでいいのか。
●フィリピンのトイレには便座がなく不便に感じた。日本の感覚(便座がありキレイなトイレ)が当たり前になっているのが嫌だ。
●物乞いに出会い何も渡せなかった。今思えばあげたらよかった。当時はあげたらケンカになるかもと考えた。
●貧者がごみ箱のファーストフードの食べ残しを探し食べているのを見た。一方、我々は食べ物を残して廃棄している。
●とあるパン屋(日本)で廃棄のパンを隠すように捨てる。ホームレスの方に見つかり、店のイメージダウンを恐れている。
●海外ボランティアの現場では、日本人学生のランチ、部屋の装飾は豪華なもの。大工さんは別の食事をしており、一緒に食べたかった。
●ワークサイトでランチを食べている最中、近くの子どもの視線が気になった(恐らく子どもにとっては贅沢な食べ物)。そして我々はランチを残す。あげたかったけど、子どもの数も多くあげられる雰囲気ではなかった。
●ぼったくりな運賃を提示してきたのに対し価格交渉してしまった。その人の収入になるなら払ってもよかったかも。現地では富める者が貧しい者に施す(喜捨)という考え方が宗教的に当たり前のものとして存在している。
●スラムに住む貧しそうな人を見た。この現状を伝えようとカメラを向けたが、写される人はどのような気持ちだろうか。見せ物じゃないのに。
●海外ボランティア終了後の観光で出会った物乞いにはうざいとまで思ってしまった。
●我々がやっているボランティアはほんの数週間の「体験型」のもの。結局観光目線になっている部分もある。
●我々は当然のようにカメラを所持している。現地の人にとっては金持ちしか持てない贅沢品。見せびらかしに来たのだろうか。子どもたちよ、汚い手でレンズを触るな、と思ってしまった。
●我々は気軽に海外に出かけることができる。しかし、現地の人にとって海外旅行は一生に一度あるかないか。
●ハビタットの支援方法の場合、非営利ながらも上手く採算をとりながら事業を行わなければならない。つまり住宅ローン返済能力がある中間層以上の者にしか支援はできない。最貧困層などもっと家を必要としている人はいるのではないか。
★NGOの存在が現地住民を苦しめている!?
ハビタットなどの支援団体がいるから現地政府はNGOに支援を求めろ、と強制退去を実施するのではないか。生活のあてが無い状況ならば政府も立ち退きなど命じないのでは?というNGOの存在が住民に負担を与えているかもしれないという皮肉。


②上記エピソードをどのように伝えるか?(手段)
●ただ一方的に話すのではなく、状況設定をし、体感型で伝え、その後議論する時間を設ける。

(状況設定の例)教室を途上国のスラム街というような状況を作り出す。学生にスラム街を歩いてもらいカメラのシャッターをおす気持ちを体験してもらう。一種の演劇のようなもの。


③課題
①で出たエピソードから各自一つ好きなものを選び、状況設定できるような演出を考える。パワポの写真を使うなり、BGMを使うなり、言葉巧みに自身が選んだエピソードのシーンを再現させる案を考えてきてください。学生参加型なのでそのあたりも考慮し、最終的にそのエピソードの是非を考えさせるようなプレゼンをお願いします。

④月曜班、次回集合日
5月21日(金)昼休み、班会議⇒エピソードシーン再現の演出案の提出

27日(木)の授業案提出日までにもう一回会議を行う予定(昼休み)なのでそのつもりで。

議事録以上★


海外ボランティアを批判しようと思えばいくらでもでてきそうですね。俺は従事者が楽しんでこそ、よりよいボランティアができると考える派ですが、世間一般の方のボランティア観とは自己犠牲、労働奉仕といったイメージだから「ボランティアやってるなんて凄いね、偉いね」と言われるのでしょう。

ボランティアは楽しむべきでないとか意見は様々ですが、国際ボランティアをきっかけに海外に行くことで、①であげたような様々な気付きに出会うのはとても大事なことだと思いました。今回これらを共有できたのはとても良かったと思います。

ただ、①のような我々が抱く負の感情を伝達し、体感させることで受け手にどのような影響を与えるか、についてはもう少し考えたいなと思います(コメントしてくれたら嬉しいですね、月曜班以外の方も是非)。


たつや