今でも忘れない、ある十五夜の日に、外にある水道からバケツに
水を汲んで、それを部屋中に撒き散らす父。一晩中、休むことも
なく何杯も!何杯も!何杯も! ただひたすら続けている。
部屋の中は大きな水しぶきとともに、お膳にある箸や茶碗も
机にある本なども水浸しになり、部屋は台風が直撃したかのように
浸水状態になっていた。部屋に金魚や鯉を放してもいいほどの池が
出来た。
母と祖母と私は、大急ぎで部屋から飛び出した。
部屋から飛び出したのはいいが、こんな深夜に何処に行けというの
だろう。
私たち三人は、祖母の友達という女性の家を訪ねていく
ことにした。友達だから、知り合いだからといっても、深夜に
泊まらせてくれるはずもなく当然断られる。断られれば、他の
知り合いを頼っていくが、そこも泊まらせてもらえない。
野宿しかないと私は薄々感じていた。
ところが、祖母は必死に頭を下げて「一晩だけ泊まらせてください」
と何度も何度も頭を下げて、しまいには、土下座をして頼み込む。
そんなことまでしなくていいのにと、私は心の中で祖母を軽蔑した。
こんなとき、人は残酷だなんて、センチメンタルになることもなく
事の成り行きをただぼっーと、眺めるしか私にはできなかった。