診察室に入ると、男性の医師が机に座っていた。もう一人は、女性の看護師かもしれない。

 

診察医は「友人から話は聴いているが、あなたは刺青を消したいそうですね」と言う。私は「はい。すぐにでも消して下さい」と。

突然、医師は驚くようなことを言うのである。「何で、そんなに急ぐの?何か理由があるのかな?」と。

 

仕方がなく、私は正直に話すことにした。「現在、ある劇団に入っていて、もうすぐ稽古が始まるからです」と言うと医師は「あ!あなたは!女優さんなのですね!」と納得したような言葉を発してきた。

 

女優さんと言えば、まるで銀幕の女優さんのように勘違いされてしまいそうだが、当時は、現在のように芝居の好きな人が、簡単に劇団の試験を受けてしまうという現在の環境とはまったく違っていた。

劇団で、お芝居をやることなんて、身近にはいなかったのである。

だから、当時としては劇団とは敷居の高い場所と思われていたわけである。

 

それから、診察に入る。左腕を医師は診察している。「左腕といっても範囲が広いので、2度の手術をしないといけないようですね」と。治療は、そんなに時間はかからないというから、安心した。

次回から、本格的に刺青除去の手術をすることになったのである。

 

大笑いしたのは、診察室を出て来た私に向かって、母は「左腕の手術は決まったの?」と、また先ほどのように声高に言うのであった。