【おにぎり】





思い出すだけで切なくなる。



あの時のボクは睡眠不足だった。お酒を呑んだボクは終電より1時間前の電車へ乗車した。車内は意外と空いていたので席に座ることができた。寝過ごさないように携帯のアラームをセットしたボクは余裕をブッこいで居眠りに没頭した。しばらくしてからアダルトな振動で目が覚めた。携帯のアラームがバイブレーションでお知らせしてくれたのだ。ピンクローターの振動ではなかったので安心した。それはボクが下車する予定の2つ前の駅だった。ボクは再び目を閉じた。



マグロ。



予定は未定だ。再び目覚めた時は下車予定していた駅とは別の駅のベンチだった。どういう馴れ初めでボクがベンチで踏ん反り返っているのかは不明だった。言えることはボク以外の人がいない事、全ての照明が落ちていた事、ボクの隣りで携帯電話が静かに横たわっていた事だ。携帯電話を見たボクは数年前に知り合ったフェイスとスタイルがナイス過ぎでセクシーフェロモン全開なのに、いやらしい個室空間でのひと時では驚愕するほどマグロだった女子を思い出した。活動を停止した駅のベンチに踏ん反り返っていたボクは嫌な予感を胸いっぱいにマグロを持って改札口へと向かった。そこはボクが下車する予定だった駅より7つ先の駅だった。



待合室の有り難さ。



全ての活動を停止した駅は卑猥な言葉を大声で叫びたくなるぐらい開放的だった。改札口を出て見えたのは切なくなる間隔で微かにアスファルトを照らす街灯。タクシーはない。あるのは電車に乗る前に購入した“おにぎり2個とミネラルウォーター”と今芽生えた“どないしよかなぁ?”という軽い気持ちだけ。とりあえず駅の待合室で始発を待つことにしたボクは駅のホームへと戻ることにした。



戸締まり用心、火の用心。



駅のホームにある待合室のドアを引いた瞬間に勃起した。いや違う、絶望した。待合室の鍵は閉じられていてボクにとってはミステリーな完全密室になっていた。吐く息を白く彩る寒空の下で始発までの4時間を生活できるほどの度胸もなければ完全密室ミステリーの謎を解く脳ミソもない。ましてや扉を破壊するほどの勃起を命令する勃起中枢もボクには備えられていない。仕方なくボクは歩くことにした。



綺麗な星空。



駅を出たボクはかろうじてガードレールの白が確認できる光の中を歩いた。空にはキラキラと輝く綺麗な星が散りばめられていた。傍らに女子がいたなら挿入の許可がおりるほどにキラキラと美しくロマンチックだった。ただ残念なことにボクひとりだけなので、せいぜいセナニーが関の山だ。ちなみり“セナニー”とは“センチメンタル・オナニー”のことだ。ボクは黙って歩くことにした。



強さ。



ガードレールの白をかろうじて確認できる光の中を10分も歩けば簡単に後悔できた。“歩ける”という安易な考えは“壮大な不安”へといとも容易く寝返った。猪や熊の襲来、ガードレールに供えられた花、マッハといえるスピードで走る車、暗闇、暗闇に仕掛けられた糞、全てが恐怖へと繋がる。“強さ”は“弱さ”に傲慢で“弱さ”は“強さ”に謙虚だ。歩き始めて約10分、ボクは“おにぎり”を食べることにした。



噛む。



コンビニで購入した冷たい“おにぎり”に温もりを感じた。ひと口づつ丁寧に何度も何度も噛んで食べた。それはとても美味しくて心に染みた。チカラが湧いてきた。涙が出そうになった。コンビニの“おにぎり”は侮れない。ごく稀なことだが、ポコチンを舐めながら『美味しい。』と口走る危篤な女子がいる。異常に興奮しそうな御言葉だが、実際に言われると笑ってしまう。それに“美味しい”わけがない。仕込み過ぎだ。百歩譲って“美味しい”としても、言うていい事と悪い事がある。こんな時は『ねぇ、入れて。』や『ねぇ、入れたい?』あたりの御言葉が有り難く素晴らしい。とにかく“美味しい”わけがない。



チカラ。



結局ボクは山道などを4時間歩き続けた。お母さんへ、お子様にとって大事な日のお弁当には“おにぎり”を作って持たせてあげて下さい。子供たちへ、お母さんが作ってくれた“おにぎり”を良く噛んで味わって食べて下さい。そこには“心”があり“温もり”があり、“チカラ”を与えてくれる。



ボクはプレステージが好きだ。



めでたし、めでたし。