【マイ・ウェイ】





梅田某所。



気が付けば通い始めてから8年になる店がある。その店は“武田真治”に似ていると自ら豪語する先輩に『おもろい店があんねん。』と誘われて連れて行ってもらった。店の前には赤い提灯。スライド式の扉をガラガラと開けると店内は12名ほどが座れるL字カウンターのみだった。カウンターの中から『いらっしゃい!』と元気な声で“おばちゃん”が迎えてくれた。そして先輩へ『おう!おう!レゲエやんか!よう来てくれたな!ありがとう!ありがとう!グラッチェ!グラッチェ!はよ座り!』と豪快な挨拶があった。



モロキュー。



店主のおばちゃんに“レゲエ”と呼ばれる先輩は“店主のおばちゃん”のことを“オカン”と呼んでいた。座席に着いてビールを注文した。するとオカンは『キリン、アサヒ、サッポロ、モルツ、何がいい!?』と聞いてきた。凄い勢いだったのでビックリした。とりあえずキリンを注文した。ビールを呑みながら先輩と“仕事”や“バンド”の話を少しだけした後に“アホ”な話で1時間ほど盛り上がった。スケベ談義に入った頃に先輩が『モロキュー頼んでみてみ。おもろいから。』と嬉しそうに言うのでボクは“モロキュー”を注文した。



珍品。



不思議なことがあるものだ。“モロキュー”を注文してから1時間ほど経過したが、モロキューの“キュー”すらも出てくる気配がない。先輩がニタニタとした顔で『オカン!モロキューまだ?』と尋ねるとオカンは『ごめん!ごめん!グラッチェ!グラッチェ!すぐできるから!堪忍やで!』と笑顔で即答し冷蔵庫から“キュー”を取り出した。それから10分ほど“キュー”は“まな板”の上で放置プレイされていた。ボクらの前へ“モロキュー”が登場したのは注文から約1時間20分後だった。“絶品の味”というわけでもない“普通の味”のモロキューは色んな意味で“珍品”と言える品だった。



80分間。



モロキューを注文してから登場するまでの約1時間20分という“80分間”、オカンはボクらや他のお客さんに喋りかけては歌を歌ったり、グラスを差し出してはビールをもらったりしていた。だからそれが“モロキュー”たったひとつの調理に80分かかっても仕方ない。そしてそれをお客さん全員が承知しているところが粋で素敵だ。皆オカンの人柄が好きなのだ。料理のメニューも数品あるが、殆どが品切れだ。本当のことを暴露すると、“品切れ”ではなくて“はなから無い”のだ。残念ながらオカンは料理が苦手なのだ。必ず有るのは“いたわさ”だった。なので自然とカマボコパーティーが開催されてしまう。仕方ない。そないに毎週毎週カマボコばかりを食べていられないが、皆オカンに会いたくてついつい店の扉をガラガラするのだ。



マイ・ウェイ。



現在の“オカンの店”はカウンターにたくさんの家庭料理が並んでいる。オカンが料理教室に通い勉強した成果の表れだ。もうカマボコ地獄は無い。少し残念な気もしたが料理がズラリとカウンターに並んでいるほうが活気があって良いと今は思う。オカンのエンターテイメントは勢いを増すばかりでカツラを被って“マリリン・モンロー”に変身したり、お客さんの中に誕生日が近い人がいると仏壇用のロウソクをアホほどジョッキに詰め込んでバースデー・ソングを熱唱したり、ディスコしたり、疲れて居眠りしたり、酔っ払って居眠りしたり、お客さんの中に若い女性がいると『ネーちゃん!よく聞いときや!チヤホヤされんのは若いうちだけやで!年とったら見向きもしてくれんわ!言うとくけどな!ウチにも若い頃はあったんや!いきなりオバハンになったんちゃうで!聞いとるかオッサン!』と“若さ”に嫉妬しているフリをしながら“若さは武器だ”というアドバイスしたり、人生相談したり、お客さんにアカペラで歌を歌わせたり、ギターを弾かせたりとお祭り騒ぎになっている。本当に不思議で楽しいお店だ。たまにボクが友人を連れて『オカン!来たで!』と言うとオカ
ンは『よう来てくれたなぁ!グラッチェ!グラッチェ!はよ座り!』と言って迎えてくれてボクの友人に“ボクのバンドのライブをオカンが見に来てくれた時の話”をしてくれる。そして必ず『エルヴィス・プレスリーみたいやねん!』と言って、大袈裟な身振りをして友人を楽しませてくれる。嬉しいことにオカンはボクのことを“マサ!”と呼んでくれる。ちなみに“オカンの店”の名物はオカンが愛を込めて熱唱する“ベサメムーチョ”という歌だ。歌い終わりの合図にオカンはこう叫ぶ。



オーライッ!



めでたし、めでたし。