【蜘蛛】
バイク置き場はマンションの裏にある。
夏、ZⅡを出す時はちょっとやっかいだ。
ヤブ蚊が多い。
シートをほどき、めくり上げる早々二の腕に留まる。
間髪ではたくが、気がつくとほお骨に留まったりして、
急いで顔を振る。
外したシートを空中で少しバタバタして、隣の自分の原チャリに
かけると、ZⅡのハンドルを握り少しバックさせる。
そこからよっこらせと陽の当たる場所まで押していき
エンジンをかける。
またがり、チョークを調整すると、ちょっとプチプチ汗ばむ肌の
どこかしらがかゆい事に気がつく。
毎度のことだが、用心してもやはり数カ所やられる。
しかし先日、いつもの警戒でシートをめくりあげ、
一連の作業をしていると「あれっ?」と思った。
蚊の気配がない。
当然それでいいのだが、ZⅡをバックさせた時に気がついた。
暗がりに、大きな蜘蛛の巣。
なんちゅう安心感。
ZⅡを押しながら横目で思わず歌のように出た。
「蜘蛛ちゃん~、ありがとう!」
蜘蛛は結構ひいきにしてる。
殺した事は一度も無いと思う。
芥川龍之介の【蜘蛛の糸】からくる下心もあるが、
それ以上に、幼い頃、蜘蛛は害虫を食べてくれると親に聞いた。
だから何か、小さな番人のように彼らを見ている。
長崎にいた小学校の頃の記憶に巣くう蜘蛛がいる。
黄色と黒の鮮やかな蜘蛛で、友達の三井君の家の前にでっかく巣を張っていた。
朝、彼を迎えに行って二人で学校に行くのだが、
彼の家の前にはちょっとした坂があり、
その坂を登り切った所に丁度、門のようにその巣はあった。
雨上がりの朝など、雨に動揺した様子も見せずキラキラしていて、
三井君が出て来るまで、ジッと見上げていた事もあった。
その頃、仮面ライダーがテレビに登場したばかりで、
怪人で蜘蛛男と言うのがいたが、
それより遙かにその蜘蛛はシャープでかっこよかった。
「行ってきま~す!」
二人が飛び出すと、三井君のお母さんがニコニコ見送ってくれる。
だが、ふと目をやる彼女の頭上にいる蜘蛛の存在感は
なかなかすごく、その家を守っているのか、
それとも、オレ達が行っている間に蜘蛛の館にするのか、
少し不思議な不気味さを感じて学校に行った。